02/01/06
以上みてきたように、核家族化、それを演出した貨幣経済の進展・夜警国家から福祉社会化の進展等々が、いろんな意味での社会保障の機能を果たして来た相続制度を形骸化させ、相続の必要性の上に成り立って来た養子制度も存在意義が変わってきました。
養子制度が文字通り「親のいない子を養う」ための制度になったのです。
相続(これまで書いたように老後の介護、生活保障を含む概念です)のために、養子の必要性の上に成り立って来た、夫婦了解のうえで、妻が、他の男とのあいだの子を産むと言う、明治以前の習慣が、家産承継のための養子がなくなるに連れてなくなってきたのです。
これからの子は、実子でさえも継承すべき家産もなければ、有ったとしても老後の面倒を見てくれるわけでもないのですから、(その分保険や国家が見てくれます)この目的で養子を取る必要がなくなりました。
こうなってくると、夫婦間の子でさえ必要性が今ひとつとなってきたのですから、夫婦了解のもとで、他の男との間の子を産む必要性は完全になくなってきます。
この結果、男の血筋を残すべく要請された妻妾制度が白い目で見られるようになり、他方で、妻が外で子を作る習慣は、目の前から完全に姿を消してしまったのです。
もう既に5〜60年以上も経っているでしょうから、誰も知らないことになってしまったのです。
男にとっての妾も、女にとっての他所も子もすべては、単なる不道徳、浮気行為として評価される時代が来たのです。
こういう時代がくると、夫婦了解の下で内緒でやっていた他人の子を産む習慣は、日記にも記録にも残さず、あるいは隣近所でも知っていても口にも出さずに、阿吽の呼吸で連綿と先人の知恵として伝えられて来ただけですから、そうした慣習の存在じたい分からなくなりやすいのです。
ところで、古代から、誰の子供であろうとも、妻・・女性は、先ず子供を産むことが要請されていた事は、日本の縄文時代の土偶の存在だけでなく、メソポタミヤなど世界中の遺跡での性器や、妊娠した女性に関する誇張された土器や石器の発掘から明らかです。
出産する子供は、出来れば夫の子が良いに決まっていますが・・・・これは道徳の問題でなく、一夫一婦制の家庭と言うものができた以後は、人間関係がややこしくならない便利さからです。
(あるいは、この便利さを維持するために、道徳が生まれたともいえます。)
便利さの順序から言えば、夫婦の子、ついで誰の子でもいいから妻の子、ついで、妻の妹や、姉の子を養子にする、その他の親族から養子を取る、親しいが全くの他人から養子を取るなどの順位があるでしょう。
こうして何万年と言う昔から、女性は子を産むことが最も重要な仕事として、ひいては子育てもその一部になって行きますが、これは乳母や保育園、学校など外注可能ですから本質的では有りません。
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