02/18/05

江戸時代の離婚制度3(民法124)東慶寺1(駆け込み寺)

第4の   「鎌倉東慶寺と上州新田庄徳川郷満寺の尼寺が縁切り寺として公認されていました。」
 D   各地方では、各地の権威あるお寺や代官所陣屋、庄屋などに駆け込みがありました。
 E   その他の場所へ駆け込んだ場合、をまとめて考えてみましょう。

江戸時代の離婚制度について、女性側からは俗に「鎌倉東慶寺に逃げ込んだときだけ、離婚できる」と言われ、いかにも女性側からの離婚は殆ど不可能なニュアンスで語られます。
しかし、普通は話し合いでの協議離婚の成立が普通でしたし、これまで書いて来たように法的にもいろいろな手段があったのです。
たとえば、実家に帰っても迎えに来なければ、離婚成立と言う離婚条件の実際を考えますと、妻が離婚したければいくら迎えに言っても、夫が平謝りに謝っても帰りませんから、普通は夫が2〜3回で行かなくなるものです。(4〜5年前にこういう夫側の事件をやったことがあります。)
こうして2〜3年はすぐ経ってしまいますから、自動的に離婚になりますし、夫側ももっと早くから諦めて、協議離婚になる場合が多いのです。
殆どの場合、再婚の必要性があるので妻が帰らないなら、夫側から離婚を求めるのが普通でしょう。
実家に帰らず、こんな遠くの鎌倉や上州まで駆け込まねばならない場合は、(今の電車で行くのだって大変です。)ストーカー的暴力亭主などの例外的な場合に限られたのが明らかです。
どういう場合かと言うと、男が親類筋の話に耳を貸さない、しかも暴力を振るうという場合のシェルターとしての機能でしかなかったのです。
シェルター機能あるいはDV防止機能として見ますと、これが今のシェルターやDV法よりも優れているのです。

先ずシェルター機能としてみますと、今は文字とおり隠れ家であって、弁護士や篤志家のボランテアの運営するものでしかなく、暴力亭主に知られないようにこっそり隠れる仕組みでしかありません。
暴力亭主に見つかったらおしまいと言う弱いもので、最近では、「教えろ」と言われて教えなかった知人が殺された事件すら発生しています。
江戸時代のように、居場所を明らかにしたまま、公権力で匿って(保護して)もらえないのです。
では、最近出来たDV防止法はどうでしょうか?



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