02/17/05
時代考証と男女心理描写
テレビドラマでは、時代考証をしているようですが、私の見るところ、ある程度やっているのは建物や衣類程度でしかなく、人物の心理描写や男女関係については、明治も江戸も桃山も、鎌倉武士とその妻の関係すら、みんな画一的な江戸時代の武家の妻としての物腰態度でしかないのが殆どです。(全部かな?)
こういうドラマに馴らされて(洗脳されて)いると、つい、男女関係は昔から不変のものだったのかと誤解する人が多くなります。
現在考えられている男女関係は、江戸時代の上級武家に特有の事情から発達したに過ぎないのですから、(それも理想型に過ぎず、みんながそうだった訳ではありません。)その前の時代には、武家でももっと女性の発言力が強かった筈です。
豊臣秀吉の妻禰禰や頼朝の妻政子は共同経営者でしたし、いくら子供を産んでもよかったし発言力も半端ではなかったでしょう。
家康が天下を取ってからでも、禰禰には一目置いて丁重に扱っていたほどです。
奥さんという言葉自体からして、明治以降の言葉であって、対等または対等以上に働く人は、奥さんではありえません。
今でも個人事業者の夫婦は、共同経営者であって、家の奥にいて消費しているだけの奥さんではないのです。
あえて言えば、「つれあい」でしょうか?
中国の歴史でも、女傑と言うか強い奥さんはいくらもいますよ!
漢の劉邦の妻王氏に始って、董大后、唐の則天武后等々いくらもあって、最後を飾るのは清の西太后というところです。
江戸期の武家(と言っても、下級武士は半農でしたから上級武家だけでした)の妻は、今のサラリーマン専業主婦同様に経営(政治)・生産にまったく関与せず、しかも子供をあまり産んではいけないとなれば、女性の地位は低下しますよ!
明治以降は、江戸時代の武家に特有であった人口抑制・・リストラの必要性を理解せずに、上級武家のモラルをヤミクモに庶民にまで押し付けただけだったのです。
この後に、離婚法制の比較のコラムで西洋の人口抑制策を紹介しますが、偶然、西洋でも中世以降、生産性の停滞があったところから、人口抑制社会でした。
明治政府は近代国家の仲間入りをするには、その基本をなす性風俗の乱れ?を何とかしなければと焦ったのかも知れません。
そのうえ、徳川期以来の上級武家のモラルがたまたま西洋のモラルに合致したところから、明治政府は、矢張りこれが正しいのだと自信を持って風紀の乱れ?の引き締めに走ったのでしょう。
明治政府は、王政復古とは言うものの、武士の造った政権であることは、論をマタないでしょうし、思想面でも王政復古ではないことを、09/24/03「教育改革・・・・明治維新と学制改革(学制) 2(復古政策)」前後のコラムで連載しました。
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