02/15/05

武家の性道徳と庶民の道徳2(歌舞伎のダシ物)

明治以降処女かどうかも重大視しますが、それまでは庶民間では異性関係はおおらかなものだったのです。
当時の農家にとっては、子供は重要な労働力予備軍であり、老後保障機能を担っていましたから、男〔夫〕に子種がないとよそから子種を貰うしかなくて、これに反対していると女性のほうがさっさと家を出てしまう社会でした。
その代わり、子供同士誰が本当は兄弟か分らないリスクがあったので、近隣村落の男女間では結婚しない厳しいタブーがありました。
ただし江戸に出てしまうと同じ村の出身かどうか分りませんから、歌舞伎の有名な演目(ダシ物)で、「好きになった相手が実は自分の妹であった」(白波5人男)(源や店のお富と番頭)などという設定が多いのは、こうした性風俗の背景を踏まえているのです。
これが分らないと、「いくらなんでも自分の妹かどうかも分らないなんて有り得ない」と思って、歌舞伎を馬鹿にしてしまうことになります。(自分が何も知らないだけです。)
10年程前に見た「ウエールズの山」と言うイギリス映画では、第1次大戦だったかな?で男が出征してしまい、町にひとりだけ残った男がいて、彼が村中の女性の面倒をみていると言う設定で、殆どみんな彼の子供だという解説がありますが、イギリスでもどこでもそれが本当の姿のなのです。
また「産まず女=石女は去れ」とも言い、一見ひどいようですが、自由恋愛でやり尽くしても生まれないときだけの話として理解すれば、ま、合理的です。
今のわけのわからない医学的根拠よりも、どちらの責任かはっきりしてしまう面もあったのです。
女性は古来から生産力の源であり、大きな担い手として、尊敬されてきたのです。
生産力の担い手と言うのは、稲作文明は女性が担ってきたのですから、繰り返し説明するまでもないでしょう。
ここでいう生産力の源泉とは、子供さえいれば農家の生産力が保証され、老後も安泰(年金が充実したのは戦後のことです。)なのですから、子供を産み育てる能力のことです。
ここで、いきなり古代文明に話が行きますが、古代メソポタミヤ、或いはわが国、どこでも最初は女性の性器や胸などが誇張して作られた土偶ないし遺物が多いのを想起してもいいでしょう。
こういう実際に根ざした価値観では、女性の性的自由を束縛するのは合理的ではありません。
たまたま、領地拡張の可能性がなくなった徳川時代に武家の人口制限の必要性から、朱子学および貞操観念が強調されるようになり、ひいては女性の地位を極端に低く強調するようになっただけでしょう 。



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