02/15/05

武家の性道徳と庶民の道徳1(朱子学)

江戸時代末までは、庶民の性道徳が緩やかであったことを、02/10/05「風俗産業の盛衰2(最古の職業か?)」等で書いてきましたが、江戸時代の武家は、朱子学の影響で中国渡来の道徳・「姦」禁止を結構真面目に守るようになっていたらしいので、子供を多く産むか養子を取らない限りお家断絶の危険にさらされていたのです。
これは、拡張する領土がなくなって、少しでも家臣を減らしたい徳川家や各藩主にとって都合のよいモラルですから、急速に普及したのです。
子供を多く産むのが、安全パイですが、長男が途中で死なない限り次男以下がかわいそうですから、勢い人口調節社会になります。
このきわどい調節に失敗すると、02/06/04「上杉家の悲劇(戦国時代と平和な時代)で紹介した上杉家のように、後継ぎがない断絶の瀬戸際になるのです。
明治以降は「産めよ増やせよ」時代で一家で4〜5人も産む状態でしたから、一夫一婦制を貫徹しても、子供の産まれない夫婦にはいくらでも養子が来ますから、問題がおきませんでした。
私の世代では、同級生や友人知人みんな兄弟が4〜5人いるのが普通の時代でした。
高度成長期以降、子育てにお金がかかるようになって、産んでも1〜2人が普通になり、さらには、これまで書いているように、子育ての困難さから、そもそも子供を持ちたがらない人も増えてきますと、江戸時代同様の問題が生じてきます。
仮に全員が結婚するとしても、10に2の割合で不妊家庭があると俗に言われるくらいですから、(俗説です)1世代ごとに次世代の所帯が2割づつ減少することになります。
現在社会では、お家断絶は構いませんが、国を挙げての少子化問題の一因(結婚難が第1ですが・・・。)となっているのです。
(国家断絶までは行かないうちに、道徳観のゆり戻しが多分あるでしょう。)
どういうことかと言いますと、江戸時代には、一夫一婦制、貞淑の強制は武家に対するだけでしたから、人口の大多数には自由な性関係があったので、子種がたりなければ融通しあう自由な性関係でしたから、社会全体の問題ではなかったのです。
明治以降、政府は国民全部に武士のモラルを押し付けたことを、05/28/03「男尊女卑の思想8(明治の思想1)」以下の連載コラムで紹介しました。
その結果、江戸時代に武士層にのみ取り入れられていた朱子学の道徳が一般庶民にまで画一的に強制されたのです。
特に女性に対しては、貞操その他をうるさくして女性の性的欲望を恥ずべきものとする教育を徹底し、家庭に縛り付ける役割を果たしました。
他方で、どうしても縛りきれない女性に対しては、女性の中の非人階級類似の「尻軽女」などの蔑視や「売春婦」への転出を誘導し、極端に貶めました。
実際の女性にはその中間が一杯いますが、一種の新たな非人政策が怖くて大多数の女性は、貞淑方向に身構えて現在に至ったと言えるでしょう。



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