02/13/05
江戸の人口構成4(若者の放出原理)
ところで、次男や身売りする次女が何故生まれるかを考えてみますと、一人目は男女を問わず、めでたいことです。(女子の場合も養子をとればいいのです)
死亡率の高い社会でしたので、スペアーとしての二人目が(女子でもいいのです養子を取れますから)どうしても欲しかったのが悲劇のもとと言えるでしょう。
うまく1男1女に産み分けられれば、男子が死ななくとも女子もどこかの嫁になれるのですが、(ある一族の娘を貰う代わりに自分の娘もその一族のどこかへ押し付けてもらう、ギブ&テイクの取引が可能です。)運悪く女子ばかり、男子ばかり2人続くと放出の問題になるのです。
女子の二人目は原則として、間引いてしまうと言われていましたから、滅多になかったのと男子ばかりの家もあるでしょうから、女子がたまに二人生まれても、原則としてどこかへ嫁にいけたのではないかと思います。
男女比は普通ほぼ同率ですし、まったく子供の生まれない家もあり、(統計的には、10の2とも言いますよ)夫婦養子すらあったのですから、どこにも行けない売れ残り男女はそうざらに出るものではありません。
(働き者の男や気立ての良い女性には声がかかりますので、かなり出来が悪い場合だけです。)
こうして男も婿にいけないのは、村中で誰も相手にしないはずれもの、怠け者や乱暴者の男子に限られた可能性があります。
長男でさえも、農業などやってられないとばかりに、(人それぞれ性格・向き不向きがあります。)自分から家を飛び出して利根川近辺で水夫として自由気ままに生活していたのもいます。
当然無宿者になっていたのですが、親が高齢化して、誰かが養わなくてはならなくなったので、親戚一同相談して、その息子を連れ戻した例もあります。(古文書からの記録です)
これまで、「行方知れずとなっていた」筈なのに、(実際は盆正月その他時々帰っていたのです)都合によっては、いきなり「あちこち手を尽くして」とか理由を書いて、探し出したことにしてお届けして、もう一度相続人にして貰ったらしいのです。
怠け者と言われても、次男にとっては、「ドウセ俺には将来がない」となれば、よほど心がけの良い男でないと、真面目に働けないでしょうから、どちらが先かわかりません。
次男は昼までごろごろしていては、長男に文句ばかり言われて腐ってしまうでしょうから、長期間小さな家で逼塞して生きていくのに耐えられないところがあります。
ある人をさして「怠け者」と評価する人がいますが、少年事件などでよく観察すると、殆どの場合その人の天分とのミスマッチであることが分ります。
勉強に向いていない子に「勉強しろ、しろ」と言っても向いてないのですから出来ませんよ。
その子の性向を無視して、国民一人残らず真面目に机に向かう勉強をしない限り「不良だ」とレッテルを貼る画一的思想を私は間違いだと思っていますが、江戸時代には勉強の強制はなかったでしょうが、農業向きでない子供はみんな不良にされていたのでしょう。
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