02/09/05
フリーター社会と女性の結婚観5(姦とは?)
未婚女性は、生活保障のある結婚できるかどうかが、さしあたりの関心です。
フリーター(派遣や日雇い労務者)の夫の正妻よりも、地位が上昇するならば、第2夫人第3夫人でも問題にしていなかったことは、古今または洋の東西を問わず明らかでしょう。
江戸時代の物語でも、お殿様に認められて側室になるのは玉の輿とされていましたし、中国でも楊貴妃のように第何番目の夫人でも皇帝に見初められるのを、「幸せらる」と言い、幸せなことだったのです。
ところで、正確には、「幸」とは使用人に手を着ける場合をいい、それ以外は「幸」とは言わなかったので、一旦自分の使用人にしたのかもしれません。
(一旦後宮に入れれば、使用人になったと言う形式を踏んだことになるのでしょう)。
自分の使用人以外に手をつけるのは、「姦」と言われていたようです。
他人の使用人だけでなく、他人の妻娘全部との性関係が全て「姦」で、要するに自分の妻妾以外と関係するのを全部「姦」といったのです。
使用人以外の普通の男女関係は、妻妾に迎えない限り「強姦」と「和姦」しかなくて、使用人だけ例外扱いされていたのです。(奴婢思想の影響でしょうか?)
和姦処罰はわが国古来の性風俗とはあわなかったので、実際上処罰はありえませんでしたが、条文上は律令以来輸入したままになっていたらしいのです。
こうした思想は、朱子学が入って以降は武家では支配的思想・徳義でしたから、私生児と言う概念は成立しなかったようです。
どういう意味かと言いますと、他家との婚姻(妻妾も含めて)以外の性関係は「姦」であり、「和姦」も中国の刑法では処罰することになっていたのですから、子供が産まれた以上は全て妻妾に迎えるしかなかったのです。
そうしなければ、他人の娘や妻と姦通をしたことなってしまいますから、朱子学を取り入れた江戸時代の武家では、私生児と言う概念は成立しなかったと言うわけです。
江戸時代に為政者の都合で朱子学を取り入れて、その道徳観も奨励されましたから、武家にとっては処罰をされないまでも、「姦」になるのは不道徳なこととなっていたのです。
「和姦」といえば、不良少年が事件になるとイキナリこんな難しい熟語を持ち出して「ワカン」だと言い張るのも驚きですが、わが国で長年自由な性関係「和姦」が許されてきた歴史が、漢字の意味もわからない(と言っては失礼か?)彼らに「ワカン」と言わせるのでしょう。
和姦であろうと強姦であろうと「姦」と言う漢字を使うと却って不道徳な印象です。
被疑者が言い訳するワカンとは合意の下のセックスと言うことですが、刑事事件になるといきなり古めかしい不道徳感のあるワカン・和姦が出てくるのですが、これは刑事事件の歴史(建前上禁止されていたが、わが国では、実際は認められていたと言う正当性の主張をしたい意識)がそうさせるのでしょう。
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