02/07/05
女性解放運動と性意識の重要性(性意識のミスマッチ3)
私の持論ですが、一握りの女傑が男勝りに働いて実績をあげている例が良く取り上げられますが、こういう人が、各種委員会で女性の地位向上のために頑張るのは、さしあたり必要でしょうが、最終的な女性解放に結びつくとは到底思えないのです。
「私は偉いのよ!」という万人に一人しかいない立派な女性が頑張っても、平均的女性は尻込みするばかりでしょう。
女性解放運動というのは、当初段階では女傑が街頭演説したり、本を書いたりして「目覚めよ!」という必要があるでしょうが、本当の解放は地道な平均的女性の参加できるものでなければならないのです。
「女性は女性である」ことに「男性と違った方向で人類の存続発展に参加している」こと価値があるのであって、「深夜まで男に負けず残業できる」とか「男よりも営業成績を挙げた」とか自慢しても仕方ないと思います。
性的役割・ジェンダーばかりを主張するのではありませんが、「違うものは違う」のですから、そこのところをきっちり押さえて運動すべきでしょう。
少し飛躍っポイですが、(そのうち機会があれば関連を説明したいと思いますが・・)明治以降女性の性行動をがんじがらめにしてきた禁忌からの解放が女性解放には根源的に重要だと思うのです。
ここ100年ほどの間に庶民にまで浸透した窮屈な性意識、家庭制度意識・・女性の性を不自由化させることが、明治の家族制度の本質でした。
その家族制度の根幹をなす、女性の性の不自由意識の教育が成功し、少しでも男性の誘いに乗る女性は「尻軽女」として蔑まれる意識が牢固として残っている社会なのです。
(と言うよりも、高度成長期を経て全国民にまでやっと完成した時代と言えるでしょう。)
それどころか、強姦被害に遭った被害者でさえ、「あんな道を歩いた自分に落ち度があったのではないか・・・・夫にすまない」と、すごく落ち込んでいる人が今(現に担当しているいくつか事件の被害者に共通の心理です。)でも多いのです。
また、今から15〜20年程前に事務所近くの小さな公園を抜けてきた女性が、痴漢に抱きつかれたことがって、私に向かって「自分に隙があったのかしら・・・」と独り言とい言うか反省していたのに驚いたことも有ります。
男の私としては、「何でそんな風に落ち込むの?」というところですが、明治以来の性教育の影響力の凄さに驚かされます。
これまで書いて来たように、男性は買春が出来なくなった代替として、女性の自由なセックスを求める方向になっていますが、女性の意識は以上のとおりで、変化〔複権)ないし表面化がそこまで行っていないということです。
そのうえ、まだら変化ですから、その見極めが難しく、ミスマッチが起きてきます。
そうとすれば、婚姻に結びつかない男の浮気願望とはギャップが生じるでしょう。
私は男ですので本当のところは分りませんが、いつものとおり理屈で推論しているだけです。
こうした女性心理の変化について、心理学者の統計的データがほしいものですが、あるのかな?
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