02/01/05
立証責任の転換4(刑法27)注意義務とは?
今の法律は、内面の意思までも検察の立証責任にしているために、01/18/05「自賠法(立証責任の転換1)刑法23」以下で書いてきましたが、裁判所は、適当なところで立証したものとして判断基準をずらさざるを得ないのだともいえます。
01/14/05・・2「売春防止法1」のコラムでも説明しましたが、法律が(人権思想などで、)実社会の要請以上に突出すると、運用で加減するしかないのでしょう。
危険物を扱う以上は、通常の注意義務だけでなく「業務上の注意義務」が要求され、業務上の注意義務は理論的にも業務外に比べて高度なのは当然です。
「業務上の注意義務」を考えるに付いて、一般人が考える基準以上に裁判所が高度な基準を定立し、被害者救済にあたるのは、非難されるべきではなくむしろ評価されるべきでしょう。
法律が立証責任を転換しない現在でも、裁判所が注意義務のレベルを国民一般が考える以上に引き上げて、時代精神を先取りしていることを私は評価する立場であって、非難しているのではありません。
しかし、注意義務を国民一般が考える以上に引き上げる裁判所の運用でごまかすやり方は、裁判所自体が法を守らない印象を国民に与えてしまい、政策上マイナスです。
そもそも「注意義務」の基準は、「通常人が有る一定の与件において、どう行動すべきか」と言う「通常人を基準に考える」ものであることは、多分通説的見解ないし判例であると思いますが、(いつものとおり文献にあたっていませんのでうろ覚えの学説です。)裁判所が普通の業務従事者が思いつきもしないような「高度な基準」を要求するのは、不意打ちになるでしょう。
それに、注意義務のレベルを引き上げて、過失を擬制する運用でも「処罰の必要な者を逃さない」と言う意味では実害がなさそうですが、仮にひき逃げ死亡事故の場合を考えてみましょう。
犯人を半年後に検挙したものの犯人が、事故は自分でやったと言う以外は黙秘をしてまったく事故状況を話さないときに、および客観状況が分る資料がないし、目撃者もいない場合にはどうなるでしょうか?
事故状況がわからなければ、(ブレーキ痕や車の破片だけでは歩行者の飛び出しかどうかまで分りませんし、)如何に裁判所が安易に過失を認定する傾向があるとは言っても、何らかの事故態様が分らないままでは、注意義務のレベルを引き上げるだけでは解決できませんし、
「黙ってるから過失がある」
とはいえません。
こうした場合、法律上も明文で過失の有無についての主張、立証責任を転換しない限り過失の有無を認定できないのではないでしょうか?
「過失があるかどうか分らない以上は無罪だ。」
と言うのはやさしいですが、せっかくひき逃げ犯人を探し出しても何にもなりません。
これでいいのでしょうか?
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