02/24/04

与力 (寄り騎)6(主従とは?2)

話を諸豪族と謙信など盟主の関係に戻しますと、ものの本では、主従関係と書かれていますが、その実質を見ると、現在の継続的下請け企業と発注元の関係に似ています。
発注された仕事に関しては、実質的な支配服従関係にあり、これが継続しているとしても、発注元の社長と社員の関係とは性質が違うのです。
牧英正氏外の日本法制史では、武士に関して一種類の主従関係しか書いていませんが、(概論ですから仕方ないですが)主人から給金を貰ったり知行地を少しづつ貰っていって大名になった場合(出来星大名とも言いますね)と、加勢関係から始まった大名・国人層・家来とは、違った分析が必要であると私が考える理由でもあります。
また中世の主従関係を「奉公と御恩」と表現する書物が多いものですが、このような盟約から始まった場合、例えば鎌倉幕府と御家人の関係は、まさにドライな契約を擬制できます。
しかし御家人とその家臣との主従関係にまで、そうしたドライな契約を擬制するのは無理があるように思うのです。
私の考えは、当時は請負や提携契約その他の各種の契約概念がなかった為に、人的関係が何でも主従や親子関係に犠牲されますが、主従関係と言われていたものもそれぞれの生い立ちに即して、2種類以上に分類してそれぞれに妥当していた法を探求すべきではないかと言うものです。
01/21/04「中世から近世へ(国家権力の強化)1」で自立していた英雄豪傑の紹介をしましたが、契約関係にはいろいろなパターンがあったのが、江戸時代に徳川の一強時代が長かったので、限りなく本来の家臣と主君の関係に近づいて行ったに過ぎません。
こうした主従関係発生の違いから、相続に関しても違った性質があるべきだと言う考えは、01/19/04 「江戸時代の婚姻と相続制度 1」のコラムで紹介しました。
社員が、内職でよその会社の仕事をするのは、裏切りと言うよりも今の言葉でいえば契約違反にあたるでしょう。
そして、この場合の契約違反の内容を法的に言えば、「忠実義務違反」という歴史のある法律用語が生きているのです。
忠実義務に関しては、09/06/03の「取締役1(商法18)」で紹介しています。
しかし、社員と違って下請け業者が生きていく為には、社会の変化に合わせて他社の受注に活路を見出す場合があっても、契約違反とか信義に反するとはいえないでしょう。
歴史家の言ってる下克上と言うのは、こうした加勢・提携関係の変化を言うものでしかないのではないでしょうか?
長田の庄司忠致のように、平治の乱で敗れた源左馬頭義朝を屋敷内でだまし討ちするのは、歴史に残る悪行ですが、そうした事例は「嘉吉の乱」の赤松などほんの僅かしか有りません。
日本では、大名その他は自分の手勢はそれ程大きくない為に、常に連合軍を構成しないと戦えません。
現在のアメリカでも、人数でなく参加することに意義があると言って、自衛隊のイラク派遣を喜びます。
そのために国内(現在の地域)の争いでは、諸豪族を糾合する為に或いは天下を争う為には、諸大名の応援が必要ですので、いつも大義名分が必要だったのです。
家康も大阪城内で秀頼を暗殺したのでは、天下を取ることは出来なかったでしょう。
それでは、大義名分がないためにその後が続かないからです。
幕末の第2次長州征伐が失敗に終わったのは、徳川家が大きな兵力を持っていても、大義名分が弱いとうまくないことを証明したようなものです。
こうして盟約関係を外れるときは、一旦自分の居城に戻ってから、堂々と戦線布告してから攻めかかったりするのが普通でした。


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