02/20/04
与力 2(ワークシェアリング)
ちなみに与力の職制は、支配、支配並、本勤、本勤並、見習、無足見習の六つの役格に分かれていたらしく、仕事は財政・人事から普請、風俗取り締まりに至るまで多岐にわたり、現在のようにセクショナリズムがなく、一人でいくつも兼任していたらしいですよ。
他方与力は罪人を扱うため不浄役人といわれ、他の武士・即ち旗本とは差別されていたのですが、その分、高級官僚的なセクショナリズムから無縁で、器用に何でもこなしていたのです。
こうした何でもありの役職の為に、今風のワークシェアリングを親子でやっていたのです。
他人に職を譲るだけでは、幾ら世の中の為に早く勇退してくださいと言ってもなかなか勇退できません。
同じ役所で、息子に仕事を仕込んで行き、その間は息子は家禄をもらえませんが、徐々に仕事を覚えさせて中堅になったところで、親が引退する仕組みですとそれほどの収入減にはなりません。
こうしたことは、現在でも個人的事業ではどこでもやっていることですが、サラリーマン社会ではこれができませんので、何時までも老人が引退しない老害がはびこりがちです。
もしも大企業でも、親子で働いても親1人に比べて2人合計で同額または1割程度のアップする年俸にして働かせれば、かなりの親子がこれを利用するのではないでしょうか?
たとえば、親が1人で1200万円の年俸のときに失業している息子にそのうち200万ほどやって、自分は1000万に減っても息子をその会社の見習いに使って欲しいと言う人が増えるのではないでしょうか?
ま、これは思い付きですので、このアイデアのバリエーションは幾らでも出来るはずです。
こうした工夫をすれば、大企業は高給取りの中高年に対する無理なリストラをしなくても、若年労働力を殆ど無償で使えるわけですし、また技術の伝承が出来るメリットもあるように思いますよ。
子供は普通、お父さんの仕事は好きなものですし、お父さんの勤めている会社にお父さん以上に幼心のときから刷り込まれた尊敬心(愛社精神)を持っているものです。
こうすれば、職がなくてうろうろする青年が減って社会の安定にもすごくいいと思いますね。
話がワークシェアリングになってしまいましたので、再び与力の話に戻ります。
与力は、不浄役人とさげすまれる代わりに、役得と言って各大名家や大身の旗本や、町の旦那衆からの付け届けが多くて、実質収入は、3000石取りの旗本級のものであったとも言われていました。
これは不正収賄と言う概念ではなく、要するに何かあったら直ぐ来てくれというわけで、大名家からは米やお金だけでなく、紋章入りの羽織や着物が届けられたりしていました。
幕末の桜田門の変では、徳川4天王といわれる武門の井伊大老が刀を抜くことも出来ずに切られているのを見れば分るように、既に武士はもののふではなくなっていたのです。
大名家は、今で言えばイラク駐屯の自衛隊基地みたいなものであるべきですが、(自衛隊がイラクの警察に付け届けして、まめに巡回してもらうのでは漫画ですね。)大名家は、武士(もものふ)ではなく文官になってしまっていたので、何かあると一般市民同様に、おまわり、=当時は与力の出動を仰がねばならなかったのでしょう。
現在の商社ビルみたいなものでしたから、やくざに絡まれたりすると困るので?大名家は付け届けをする必要に迫られていたのかな?
盆暮れやその他のときに何両とかお米や大名家の紋付の羽織袴などが届けられ、或いは深川などいかがわしいところは、お目こぼししてもらう為にタダで飲み食いさせるなどしていたようです。
今でも銀行などが、役所へ接待攻勢をかけているのと同じでしょう。
町奉行与力の組屋敷は八丁堀にあったので、俗に「八丁堀の旦那」と呼ばれていました。
組み屋敷があるというのも、普通の旗本とは違いますね。
皆さんも八丁堀と言う地名は、捕り物帳関係の読み物でご存知だと思います。
今日の読み物間連:
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:江戸に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:世襲に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:身分
に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:中世
に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:御成敗式目
に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:幕府
に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:役人,官僚に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:役所に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
