02/18/04

江戸時代の法令・先例集

「公事方お定書」制定により法の全体が分るようになったこともあってか、これ以降、これに基づくいろいろな実務が集積してきました。
法令集は、官選の「お触書集成」(寛保、宝暦、天明、天保の4種)が代表的なものとされています。
先例の適用は、徳川以前には遡らないこととされていたのですが、「公事方御定書」以前の物で、現在伝わっている幕府の判例集としては「公法纂例」や、「お仕置き裁許帳」など若干しか知られていないそうです。
「公法纂例」は、主に貞享、元禄期の評定所判決例を収録したもので、「お仕置き裁許帳」は、宝永期(1704〜1711)に町奉行所の牢屋収監者記録に基づき編集されたものらしいです。
「評定所裁許留」は、元禄15年(1702年)以降慶応3年(1867年)までの出入筋(民事)の裁判記録を、編年体に収録した大変な記録でした。
しかし、残念なことに大正時代の関東大震災で、他の評定所記録と共に焼失してしまい、今では2冊の副本と若干の抄本しか現存していないそうです。
記録が膨大すぎて、写しを作れなかったのでしょうか?
勿体ないなあとは思いますが、考えてみると、今でも、裁判記録は一定の保存期間経過で積極的に(費用をかけて)廃棄しているのですから、むしろ地震のおかげで、廃棄の手間が省けた、という考え方もあるかもしれません。
日弁連では歴史的な重大事件などの保存運動をしていますが、どうなることやら・・・・。
なお、公事方お定め書き制定以後は、法が整備されたこともあって、解釈適用をめぐる判例法理論が飛躍的に発達したらしいです。
評定所の判例集では、「お仕置例類集」が代表的で、且つ、分類編集技術、評議内容の法理論ともに優れたもので、近世判例法・固有法の到達点ともいわれています。
これは、奉行から老中に対するお仕置き伺いに対する、評定所一座(その構成は以前紹介しましたが三奉行と、老中で構成した最高裁判所的なものでした。)の評議を分類したものです。
遠国奉行の判例集では、長崎奉行所の犯科帳(鬼平犯科帳ではありません)が有名で、これは、寛文6年(1666)〜慶応3年(1867)まで145冊が現存しているそうです。
興味のある方は、現物を見るのも楽しいでしょう。
大名以下の領主は、自家制定法で裁判していましたが、法理論の難しい問題については、中央の幕府に問い合わせを結構やっていて、その回答にたいする「挨拶」と併せたものを「問答」と言い、これを分類整理した問答集も数多く流布していたそうです。
今の自治体が、中央省庁に質疑して、局長回答が出されて、それが本になっている(質疑
応答集)のと同じですね。


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