02/16/04

体系書と時代精神(ペーパードライバー)

話がかなり変わりますが、ここで体系書の出版過程を説明しておきましょう。
少壮気鋭の若手学者が、一定の先端的発想に基づき単発的に論文を発表し、これが学会で評価されると当初の関心の完成を目指して関連諸論文をおよそ10年前後(普通は10年以上)かけて順次発表して行きます。
およそ10年ほどの経過で、ある程度評価の定まったところで、従来の単発諸論文を体系的に整理し、体系書の発行にこぎつけます。
ここまで来れば、学会で評価の定まった中堅学者ないし新進の有望学者と言われるのです。
梅棹忠夫氏の「文明の生態史観」のように、着想の発表だけで、世界にインパクトを与えることも出来る分野もありますが、法律学は、細かい条文の積み上げですから、そうは行きません。
法律学では、単発的諸論文を次々と発表し、これらを集大成して世に問う体系書が出来上がるには、着想から早くても十数年以上後ということになります。
こうして、私が昭和40年代に読んだ政治学の体系書は、遅くとも昭和30年代に育まれた思想と言うことになります。
しかも、今のように遊び半分で読むのではなく、合格目標の勉強本ですから、若手の斬新な説と言うのではありません。
すでに権威の確立した著作が基本書になりますので、更に10年も前(昭和20年代)の思想だったかもしれませんね。(初版の発行年月日を見れば分りますが、本を取り出して来るるのが億劫なのです)
このように権威のある学者の立派な本を読んでいたのでは、うっかりすると何十年前の思想の可能性があるのです。
ところで、政治学に例を取りますと、昭和20年代の日本社会を観ていてそういう風によく観察できたなあ!すごい慧眼だなあというところです。
でも、更に考えてみると、20年代初頭の日本社会の観察から大衆社会、多元国家論がでてくる訳がないのですから、これも先進的なアメリカ社会を観察したアメリカの学者の横文字を縦の漢字に直しただけだったのかもしれませんね。
そう言えば、やたらとアメリカの政治学者の論文や新カント学派やその他の西洋哲学者の論文の引用が多かったですね。(戦後はドイツ留学組よりもアメリカ留学組が幅を利かせていたのです。)
昭和20年代と言えば、話はずっと飛びますが、昭和30年に司法試験に合格したのに、そのまま法律家にならず、官僚となった人がいました。
定年後あちこち天下りした後に、第2の人生として弁護士になろうとして司法研修所に入所して、もう、かなり前になりますが私の事務所で修習したことがありました。
昭和30年に合格するためには、その何年か前(戦前または戦後急いで付け焼刃的に書き直した)出版された本を読んで合格したことになります。
合格後、私達のように毎日実務に接していれば、順次発展する判例や学説或いは新しい法律をフォローしていきますが、官僚(それも法律に関係のない分野の)になってしまったのですから、社会の変化は知っているでしょうが、彼の法律知識は原則として受験時点で停まっているのです。
ご承知かもしれませんが、敗戦によりがらりと基本的人権の考え方が変わったばかりではありません。
それまでの法学は、概念法学とも言われ、概念の定義付けに重きを置かれていて、判例研究も概念への当てはめを目的とする傾向があったのです。
ところが、我が国の高度成長が始まると、社会が変容してきて西洋の概念を縦の漢字に直したり、起きた事件を西洋の既成概念に当てはめれば答えが出る時代ではなくなって来ました。
何かことが起こると、識者というのが出てきて「え〜。私この前行ってきたヨーロッパの・・・国では・・・・」と解説する場面をサザエさんの漫画で揶揄されていましたが、識者の解説では解決できない時代になったのです。
公害事件や今回の狂牛病騒ぎをみれば分るように、他国の経験を学ぶだけではなく、裁判所も行政も自分で考えて解決せねばならない時代が到来したのです。
こうして我が国の経済発展にあわせて、実務的な判例が集積するようになってきたのが、昭和30年代後半から昭和40年代でした。
いまや、我が国は経済最先進国なのですから、先進的事例が次々と発生してくるのは当たり前です。
このように実務的に積み上がってきた判例通説を全く知らないで、(法律と言うものがどういうものかの考え方も違うのです。)実務家になろうとするのですから、大変なものでした。
司法試験合格後直ぐに法律家にならずに一定期間経過した人は、(例えば10年も経てば法律や判例・運用がかなり変わりますので、)司法研修所にはいる為には、もう一度一定の資格試験を受けなおす制度が必要ではないかと、そのとき痛感しましたね。


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