02/03/04
吉宗以降の改革とフランス革命
梅棹忠夫氏の「文明の生態史観」に明らかなように、文明・経済発展段階では西洋も日本同様に成熟してきていたのですが、(梅棹氏は、日本も西洋同様と言う視点ですが、私は変な愛国者ですから逆の視点です。)西洋では為政者に自覚が足りなかったから革命騒ぎになったと、私は考えています。
ちなみに、フランス大革命は、バスチーユ監獄襲撃事件に始まって三部会召集が1789年で、国王逃亡事件が1791年そして・・・・と続く一連の事件ですが、日本ではこれにおよそ70年先立つ1716年から吉宗が改革に精出していて、更に半世紀後に孫の松平定信が老中首座になって行った寛政の改革が、1789年から1793年までですから、これがフランス革命とぴったり同時期となるのです。
こうしてみると徳川政権は、(ルイ王朝のベルサイユ宮殿のような)為政者の贅沢は一切止めて、文明・経済の進展に併せて次々と改革していたのですから、経済や時代の進展に合わなくなって崩壊したものではないことが分ります。
幕末に必要だったのは、外敵に対抗する為の政権強化、即ち中央集権化に向けた改革と日本とは違った方向で発達してきた西洋の新知識導入の為に開国への舵きりだったに過ぎません。
そのために老中の合議制から大老制に移して(井伊大老)権力を集中し、日米和親条約になっていくのですから、時代錯誤性は全くありません。
これまで、我が国の危機に臨んだ場合の歴史を見ると、白村江で唐、新羅軍に完敗した斉明、天智天皇期に、中の大兄皇子(天智)、斉明天皇の失敗を責めず、唐、新羅軍の攻撃に備えて諸豪族が一致して日本建国になりました。
ちなみに、この説明はこのときまでは、大和朝廷は諸豪族に対するヘゲモニーを持っていただけで、日本と言う統一体はこのとき始めて出来たという説によるものです。
勿論天皇号もそのときから使うようになったもので、それ以前は使っていませんので、「天智天皇」と言う大げさなおくり名(諡号)は、日本で初めての天皇だったので、中国の「始皇帝」を類推したものと考えれば分りいいでしょう。
そして2代目の大海人の皇子が、壬申の乱を勝ち抜いて実質的に武力統一したので、(それまでは、諸豪族に推薦されているだけの弱い政権だったのです。)中国の武帝に倣って天武天皇とおくり名(諡号)されているのだと思います。
この辺は・・・・おくり名については学説ではなく、私の得意の想像に任せた考えですのであまり信用しないで下さい。
蒙古襲来時には、幕府の非力をなじるのではなく、御家人以外の武士までも幕府の指揮下に入るばかりか、僧侶朝廷まで怨敵兆散の祈願をするなど一致して危急存亡のときにあたってきたのです。
以上のように、過去には、天智天皇のときは団結する為に、諸豪族はこれまで以上に大和朝廷に服属し、蒙古襲来時には、幕府傘下になかった各地の武士が幕府を非難せず、自ら幕府の指揮下に入って協力しているというのに、外敵が押し寄せてきている幕末に、自分が幕府構成員として本領安堵してもらっている身でありながら、幕府の危機に協力せず、反幕府行動を取るのは、信義・武士道に反する行動です。
その上、尊皇攘夷に至っては、時代錯誤もいいところで、こうした分派行動は、外敵に付け入る隙を与える国賊的行為だったはずです。
蒙古襲来時にこうした内紛をしていたら、どうなったか考えてみてください。
国難にあたっての上記伝統的日本の対応からいえば、幕末には、各藩主が幕府に版籍奉還をして挙国一致政権を作るべきだったのではないでしょうか?
明治維新は、経済発展形態からの必然ではなく、政権奪取側による外圧利用の言いがかりだったことになります。
そして明治維新は、賢明にも内戦を回避した幕府側の知恵によって成立できたのです。
もしも本気で幕府が戦っていたら、欧米列強の介入を受けて、半植民地になっていたでしょう。
そして薩長土肥が政権をとると、結果的に攘夷どころか開国し、版籍奉還・中央集権体制にするしかなかったのですから、幕府の対応を責めていたのはおかしいことなのです。
慶喜でなくとも、「反対ばかりしていて、どうすりゃいいのさ、勝手にしろ」と大政奉還したくなりますよ。
もっとも官僚制が牢固となってしまい、柔軟対応が出来なくなっていた点は認めますが、政策論争としては、薩長土肥・明治政府の正統性は怪しくなります。
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