02/28/03
遺言の効力1(法と実態の乖離)(民法45)
遺言をしておくとどう言う効力があるのでしょうか
遺言者が、遺言の中に、特定の財産を、特定の人に所有権を移転するとか、包括的に、全遺産を贈与したり、相続させたりする趣旨を書いておけば、一旦そのとおりの効力が出ます。
つまり法律で定めている法定相続割り合いを変更出来るばかりか、全く相続権のない人に遺言で贈与する事も出来ます。
民法964条・・・遺言者は、包括叉は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。但し、遺留分に関する規定に反することができない。
現在の思想では、禁制品等の規制品の例外を除いて、誰でも自分の財産を自由に処分出来るのは当たりまえです。
遺言に限って、何故こんな規定があるのでしょうか?
遺言制度は相続法の中にあることから推測出来ると思いますが、我が国に限らず、相続は家の相続と言う観念が長い間支配的でした。
我が国でも、人口の大半が農業従事者であった戦前を規準に考えますと、形式上家長の所有とされていても、彼が自分で形成した資産は殆どありません。
むしろ先祖から受け継いだ家と言う集団の代表者として、その管理運営にあたっているだけで、自分の代で資産を減らさないことが唯一の努めみたいな観念がありました。
さしづめ、現在のオーナー兼社長みたいなものでした。
言わば、個人所有と団体の管理人の区別がきちんと認識されておらず、混然とした概念の中で生きていたと言えるでしょう。
明治時代には、個人が自由勝手に出来る所有権は消費財を除いてそんなに多くはなく、むしろ、領主権や地主小作関係、戸主の権利、などは完全な所有権ではなく、しがらみつきの権利でした。こういう状態であった我が国の明治30年に、いきなり個人人格を前提とした、所有権と言う概念が持ち込まれたので、明治時代以降、かなりあちこちで混乱する事になりました。
所有権を観念とおり解釈してこれを主張する人が出ると、小作紛争その他が頻発しました。
本来、家の財産なのに、形式上家長個人所有となったために、権限濫用的に勝手に処分して遊興費に費消してしまう事もありましたし、長男が、単独で家督を継いでも、弟妹の面倒を見なければならないと言う、負担つきである事を無視して、自分名義だから何をしても勝手だと言う乱暴な人も出て来ました。
政府は政府で、古来から存在する部落有の入会地が公的なもので個人所有名義にならなかった事に目をつけて、それなら公有地だと言う事にして、部落から取り上げる事になって(部落民の入り会いを禁止)全国的に入会地の紛争が発生したのは、法律家にとっては有名な所です。
こうい時代には、『権利の濫用はこれを許さず』という条文はとても価値のあるものだった事が分かるでしょう。
©2002, 2003 稲垣法律事務所 Design / Maintained by Pear Computing LLC