02/18/03

遺言 2(民法35)

遺言と言うのは何でしょう。
文学的には、辞世の句も遺言の1種でしょうし、要は死に臨んで、言い遺した言辞を総称するものと言えるでしょう。
此のコラムで書く遺言は、法律効果のある遺言の事ですから、遺言一般のうちで、特殊なものに限定されます。
『おじいさんが口癖のように言ってた』と言うような被相続人の遺志は遺志として尊重するのは結構ですが、法的効果まではありません。
遺族の人情や道義心で尊重して行くだけの話です。
法律の世界で問題としている遺言は、相続に際して、民法の定めた相続割り合いを変更するために、特定の方式に従って作成した文書だけを意味します。
相続の定義はそのうち書きますが、今のところ「人の死亡によって、死亡者が生前有していた権利を特定の親族関係に基づいて受継する事」としておきましょう
一般に、法律行為(これも聞きなれない言葉だと思いますが、これまでのコラムで何回かに分けて書いていますので、検索してみて下さい)は、意思表示だけで法律効果が発生する仕組みですが、遺言に関しては、要式行為と言って、一定の方式に則って文書にしておかないと効果が生じない事になっています。
では、条文を見てみましょう。
民法960条・・・・『遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、これをすることができない』
『する事が出来ない』と言っても手を縛ったり、口を塞いだり出来ませんし、する事を禁じるのではなく、方式に従わない遺言をしても法律の効果を与えないと言う意味です。
何故こういう要式が要求されるかと言いますと、遺言は死亡後に効果が生じるものですから、その有効性を巡って争いが起き易いばかりか、争いになっても肝腎の本人が死んでしまっているので、その決め手に苦労する事になります。
こうした事から、遺言は一定の要式に従って文書化しておかないと法律上の効果が認められないと言う法律になっているのです。
ですからおじいさんや、お婆さんが、一族皆の前で『あとを誰某に頼みたい、その代わり次男にはどこそこのマンションをやりなさいとか、弟達に、ひとり当たり、1000万円づつやりなさい、皆依存はないね』と言ったとしても、法的には全く効力がありません。
豊臣秀吉が、死の床で徳川家康に繰り返し、秀頼の事を頼んだのに、何んの効果もなかったのに似ていますね。

 


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