02/03/03
役人と民間人2(公務員は指導者か?2)
民間委託が進んで、現場の下働きから、現場管理者へ、更には設計、企画までと次々進んでも、その最終決定権を公務員が握っている限り、何ら、民主化にも、自由化にも貢献しないどころか、却って、公務員は最終決定権のあるエリートばかりになって、彼等の地位をいよいよ強固にするだけでしょう。
大企業のリストらが進んで、95〜98%が非正社員になったとすると、わずかに残った正社員は、正社員と言うだけで物凄いエリートになるのと同じでしょう。
或いは、教育機関に関しては下請けではなく独立の私立学校を認めていますが、その代わり、文部省や、教育委員会の監督を受ける事になっており、その他の産業も全部(弁護士会を除いて)監督官庁が存在しています。
最近は、銀行等の金融機関の監督問題が良くマスコミを賑わしていますので分かりいいと思いますが、それこそ箸の上げ下ろしまで口を出すやり方です。
1昨日当たりからのマスコミ報道では、みずほ銀行の中小企業に対する融資が減少している事について、金融庁から業務改善命令が出たと言うのですが、銀行がどこに貸すかまで政府が口を出すのかアと驚きませんか?
何の根拠があって何から何まで、役人が監督する事ができるのでしょうか?
そういう法律が存在するのは当然ですが、私の言いたいのは、「公僕でしかない役人が、ありとあらゆる産業や団体に対して何故『指導』や『監督』をする仕組み(法制度)になっているのか」と言うことです。
その結果、あちこちで接待を受けて癒着したり、天下りしてうまい汁を吸える仕組みとなっているのではないでしょうか?
それどころか、これからは、先進国の制度や、やり方を学んだエリートだけに任せていたのでは、国が立ち行かなくなっているのですから、他人のやった事を学ぶのに優れたエリートが我国の社会の隅々まで指導する時代ではない筈です。
こんな疑問は、役人の許可を受けたり、お叱りを受けたりするのに馴れた国民の皆さんから見ると、『何を馬鹿な事を疑問に思うのだ』と言うかも知れません。
許認可、行政指導等々で、雁字搦めの日本の国で生まれ育って来た皆さんは、何の疑問も感じないかも知れませんが、私の所属している弁護士会だけが、例外として監督官庁と言うものがないのです。
基本的人権を守る為に、政府と果敢に戦う事が予定されている弁護士が、政府のさじ加減で資格をはく奪されては、民主主義が画に書いた餅になってしまう事から、戦後新憲法直後の昭和24年に弁護士の監督は弁護士が自治的に組織する弁護士会でする事となり、弁護士会に対する監督や許可をする官庁はなくなったのです。
たまたま、私は弁護士という立場で長く生きて来ましたので、自分達の弁護士会で決めるのに関係ない役人に指導されたり、許可を受けると言う必要がないまま今日に至りました。
それで今頃になって、何故一般の人は、『公僕』(召し使い?・・ボーイさん?・・ウエーター?・・ET CET LA)である筈の公務員に威張られて指導や許可を受けなくてはならないのかと言う事が気になって来たのです。
これまで、基本的人権を守る為に、どこからも掣肘を受けないと言うのは弁護士特有の物だと思っていました。
しかし、この頃の、関心事は、監督官庁の要らないのは弁護士だけで良いのかな?と言う事です。
基本的人権を守っているかどうかはさておき、一般の産業でも、既存知識の習得に優れた秀才(お役人の典型的傾向です。)にはお引き取り願って、そう言う才能競争で(受験競争)では少し劣っても、もうちょっと独創的な才能のある人材をリーダーとする必要があるように思いますが如何でしょうか?
そう言う観点に立ちますと、基本的人権を守る為に政府と対決する弁護士でなくとも、商売の一々に口を出される必要はない時代が来ているように思います。
これから民間に任せるべきだと言う議論は、『任せる以上は、監督しなければ』と言うのではなく、基本的には市場に任せ、市場で処理仕切れない分野については、公正取引委員会や証券監視委員会、その他各種委員会を創設して一任し、役人が口を出さないようにすべきでしょう。
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