01/31/08
老荘と現実(竹林の七賢)
これを実践したのが竹林の七賢でしょうが、彼らは、元々魏の高級貴族で、司馬氏によるお家乗っ取り・・禅譲・・西晋の成立に異を唱えることができず、鬱々とした気分を飲酒や清談に紛らわしていた現実逃避グループでしかありません。
かれらが世俗のルール=儒家の礼楽を拒否し道家的清談にふけった原因は、儒教道徳から見れば許されない主家曹家をないがしろにする司馬氏の専横に対する義憤でしたから、皮肉なものです。
超儒教的道義心が世俗的儒教道徳を否定して、道家ぶっていただけです。
七賢と言うと仙人のようですが、実は政府高官・・上流貴族たちですから、国難に対して責任のある政治家であるべきでした。
老荘的言論は一見格好良いのですが、現実逃避的役割しかなく、儒教を基本にしたコセコセした生き方が、現実的社会の基礎になっているのはそのせいでしょう。
以下の詩・・「今日もまたかくてありなむ・・・」も、実際にはアクセク思い煩わずにはいられない、悲しさを前提に成り立つのです。
千曲川旅情の歌 (藤村)
小諸なる古城のほとり 雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず 若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾の岡辺 日に溶けて淡雪流る
以下中略昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ
この命なにをあくせく 明日をのみ思ひわづらふ
いくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて
河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻きかえる以下省略
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