01/30/08
補助金と課徴金3( 朝三暮四2)荘子の意見
列子の場合は、知恵者に愚者がたぶらかされると言う意味の寓話に使われ、これが一般的理解ですが、荘子の場合は、「神明を労してその一であることを知らず」という例として使われています。
私は知恵者にだまされると言う意味ではなく、結果は同じだと言うだけの意味で引用してるのですから、荘子と同じ意見です。
(私の意見が荘子と同じと言うとおこがましいですが、荘子の意見の受け売りと言う意味です。)
これも、読み下しが難しいので、http://sudana.hp.infoseek.co.jp/seibutu.htm記載の読み下し文を引用しておきます。
以下は荘子の文章です。
勞b明爲一、而不知其同也、謂之朝三、何謂朝三、曰狙公賦予†曰朝三而莫四、衆狙皆怒、曰然則朝四而莫三、衆狙皆悦、名實未虧而喜怒爲用、亦因是也、是以聖人和之以是非、而休乎天鈞、是之謂兩行、
b明*を勞して一を爲して、而して其の同じきを知らず。之を朝三と謂ふ。何をか朝三と謂ふ、曰く、狙公(そこう)の予†(とち)を賦(わか)ちて曰く、朝は三にして暮は四と。衆狙皆な怒る。曰く、然らば則ち朝は四にして暮は三と。衆狙皆な。ぶ。名實未だ虧けずして喜怒用を爲す。亦(た)だ是に因れらんのみ。是を以て聖人は之を和するに是非を以てして天鈞に休(いこ)ふ。是を之れ兩行と謂ふ。
荘子には、列子のように「先誑之曰(先ずたぶらかして曰く」という文言がありません。
ただ、聖人は達観して、「而休乎天鈞(天の中心)で寛いでいる・・ 高みの見物と言う意味です。
この「先ずたぶらかして曰く」と言う文言が(私の記憶に無く、)納得できないので、荘子の原文を探したら出て来たので、重複をいとわず紹介しました。
両方の漢文を読み比べると、列子のほうがスジが分かりよいので、人口に膾炙しているのでしょう。
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