01/28/08
新還暦の提案と「志学・而立・不惑・知命、耳順」
そんないい加減なことは許せないと言う人が多いでしょうが、これまで書いてきたように、10干12支自体、月の名称としてはともかく、年数計算には古代から意味のないこじ付けだったのですから、本来どうでもいいというか、あらたな時代に合わせて、人気投票で新たな動物あるいは魚でも鳥でもいいし、あるいは新時代に合わせて鉄腕アトムを加えて6匹か6頭増やしてもいいでしょう。
この還暦に限らず、人生の節目もすべて1,5倍掛けて考えていくようにした方が合理的だと思います。
30くらいで昔の20歳前後と思えば普通ですし、40にして惑わずと言うのも1、5倍して見れば、落ち着きがよいのです。
以下有名な論語の基準(偉い孔子様のことで、凡人が真似できる訳がないのですが)を、一応紹介しておきましょう。
子曰、
「吾十有五而志于学、三十而立」・・・われ10有五にして学に志し、30にして立つ
「四十而不惑、五十而知天命。」・・・40にして惑わず、50にして天命を知る
「六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩。」・・60にして耳従い、70にして欲するところに従ってノリを越えず
これを、すべて1,5倍すれば良いのではないでしょうか?
いまどき15歳の子供が、特定の学に志すのはいくら何でも無理ですが、この1,5倍・・約22〜23さいころ・・大学院へ進むころには、孔子様と同等まで行かなくもある程度しっかりした人が、やっとではないでしょうか?
普通の秀才では、実際に大学院へ行くときには、まだ子供っぽくて、今では、終了のころにやっと自分の進むべき方向が分かってくるのではないでしょうか?
30にして学問的に独立できる人・・・一派を立てる人は皆無に近いでしょうから、やはりこれも1,5倍が妥当です。
「50にして天命を知る」と言われても、今の50歳はまだまだ社会の中堅ですから、そんなどころではありません。
0,7掛けすればまだ35歳ですから、天命を知るどころか自分の居場所も分かるかどうかという年齢です。
これが1,5倍の現在の75歳前後だと思えば、そのころには、自分でも何とか落ち着いていると思う人が多いでしょう。
「70にして心の欲するところに従いて、矩(ノリ)をこえず」・・仏教の「自由自在」の境地でしょうが、これが今の105歳以上と思えば、まあそんなところか?・・どうせ想像を絶する先のことだから気楽にうなづけます。
「こえる」と変換すると「越える」「超える」などが出て簡単に「踰」は出ませんが、踰とは足を踏み外す意味で、走って越えるものでも超過するものでもありません。
民法では、権限踰越(ユエツ)表権代理の形式がありますので、法律家には慣れ親しんだ単語です。
ただし、平成の口語化の改正で、ユエツという単語は無くなり、「権限外の行為」となりました。
民法
(権限外の行為の表見代理)
第110条 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
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