01/25/08
中国の神秘思想5(甲と木の関係)
通商途絶と中国文化の関係に戻します。
紀元前数百年前ころからオリエント方面との通商が無くなると、呪術的な陰陽五行説や易経に傾斜してしまったのは、多分古代中国では、黄河上流域の狭い世界だけで考えて、広い海の存在も知らず・・観念では、知っていたでしょうが、意識の基礎にはならなかったという意味です・・・多様な社会に対応できる数学的合理性が発達し難かったからでしょう。
ロケットと同じで、最初の発射角度が重要です。
この発射角度の誤りが、東洋の神秘思想となってしまい、2000年の間にせっかくいろんなものを偶発的に発明しても・・・・紙や火薬その他結構いいものを発明しているのですが、その先に連続しない中国の歴史の特殊性の元祖になったのです。
紀元前の発射角度の違いが、何時までたっても迷妄な呪縛に縛られて・・何かチャンスがあっても、これを科学的に順次発展させられなかった東洋と西洋の進むべき方向性が違ってしまった原因だと思います。
話がずれましたが、当初は単純な五行説でしたが、外界からの文化流入の途絶えた黄河上流域では、独自に煮詰まった結果として、一旦手に入れた天文学や五元素の考えをどのように発展させて良いか分からなかったのだと思います。
そこで、超能力的・・呪術的効能に親和性のある陰陽説や易・先占術と結びついて陰陽五行説が戦国時代に完成したのです。
その後は、天文と言っても、科学的探究による学問・・・天文学ではなく、「あの星が力をなくすのは・・・衰亡の印だ」だなどと、何ら合理性のない話に終始するようになるのです。
他方で、12進法にとって都合の良い星の運行が見つかりました。
この星を木星と命名したのは、中国古代では樹木に特別の親しみを持ち、生命の基本と考えていたからでしょうか?
それとも目に付く生き物の中で、木が一番長寿だから、これが基本だと思っただけかもしれません。
いずれにせよ、木・・これの集団である森こそ人類の生命の源だったことを古代人は自然に知っていたのかも知れません。
10干の甲乙丙丁のトップに来る「甲」も堅い木を意味する言葉ですし、音読み・・日本語読みでは、「きのえ」木の兄(え)と言います。
ただし、甲を木と読むのは日本語だけかもしれません。
甲はご存知のとおり甲羅などを意味するものでしかないのですから、それ自体で木を意味することはありえないのです。
これが何故木と同視されるようになったかを考えてみると、甲羅などの甲は硬いもの、生き物で甲羅のように硬いのは木と言うイメージから始まったかもしれません。
それと甲羅は身を守るものですから、用途的に甲冑など防具の意味に転じますが、わが国では、これの役割りを長年木で果たしていた可能性があります。
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