01/16/08
陰の重要性3
ただし、1年の始まりを新芽の芽吹く3月とし(ローマ暦の最初のころ)旧暦(太陰暦または太陰太陽暦)で2月とし、新暦で現在の正月としているのは、農耕が始まってから、農耕の便宜で順次繰り上がってきた考えですから、太陽を基準にした生活が始まってからの考えです。
こうした必要性は、暗闇をさまよっていたころからは、万年単位で遅れて出た考えです。
農耕をするようになれば太陽の恵みが重要ですから、太陽の恵みを基準に考えて行く内に次第にさかのぼっていき、冬至の存在に気づくのは当然のことですが、この段階では人間は逃げも隠れもしないで、広い日当たりの良いところで定住していられるのすから、既に何も恐れるものがない百獣の王になっていたのです。
人類が道具=武器を手に入れて、明るい草原でも大手を振って歩けるような王者になってくると、陽が中心・明るくなってから行動するようになったのでしょうが、それまでは暗くなってから行動する・・夜が一日の始まり・・・陰が先であったのです。
一日の数え方も夜の一日昼の一日と言う用法であったことを、12/31/03 「大晦日2(日本書紀・・かがなべて・・・・)」のコラムで紹介したことがあります。
現在の1日は「日」という太陽を意味する漢字を使って夜からの「1にち」の始まりを書いていると何か変な感じすが、漢字が出来たころには、太陽を基準に行動するようになっていただけの話であって、その何万年も前には行動基準の「1にち」は日を基準にはせず、暗くなってから明るくなるまでを基準にしていた筈です。
日本語の「一にち」を現す・みっか、よっか、いつかの「か」に、漢語の「日」を当てているのですが、本来「ひ」とは、「火」から分かるように太陽や燃えるものを現すものであって、1日と言う時間経過を示す日本語ではありません。
ひは、セイゼイ「ひるま」の火・・日のある間という意味でしかなかったでしょう。
漢字到来前の日本語の「か」とは、時間経過を表すものだったと言うのが私の推測ですが、(2ヵ年、2ヶ月と言うときは期間の経過を意味し、1月の次の2月とか平成2年の意味ではありません)元は何だったのか知りたいところですが、これは言語学者の領域でしょう。(研究してるのかな?)
それと現在「月」と書く「つき」の意味ですが、これも元は何を意味する言葉だったのか気になるところです。
(まさか次々と繰り返し出てくると言う意味ではないでしょうね?)
ただし、月の運行を基準にしたのでは月の出ない日もありますから、困った筈と思うかもしれませんが、新月は1日だけですから、そんなに困らなかったでしょう。
数字のない時代には、この月の満ち欠けを見てれば順次変っていくので、人類最初の
カレンダー的機能を果たしていたことを、上記コラムで紹介しました。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
