01/13/08

元号制から年号制へ(元号法)

旧皇室典範が新憲法成立で、失効し、新たな皇室典範が制定されましたが、新皇室典範には元号に関する規定が設けられなかったのは、国民主権になった以上は君主の時空支配権が無くなったのですから当たり前のことでした。

しかし、実際問題として戦後もみんなが使っている昭和の元号・・または年号は、実は法的根拠がどうなったのかはっきりしないままになっていたのです。

(新憲法で新たに元号を建てる権限は失ったが、過去に決めた元号は・・年号として有効と言うのが普通の解釈だったでしょう。)

昭和も終わりになってきて昭和天皇にもしものことがあると、先送りして置く訳にいかなくなって出来たのが、現行の元号法です。

ただ、帝王が国民の時間支配をすると言う意味の伝統的概念に基づく元号としてならば、憲法違反でしょうから、昭和の元号法では政令(閣議決定事項です)で定めるとしていますので、天皇の権限ではないことが明記されたのです。

右翼的発想では、戦前の各種勅令は、戦後政令に読みかえられた経緯があるので、野党・・国民に口を挟ませない政令形式にこだわったのでしょう。

また実際に天皇の死亡は何年も前から予想することが出来ませんから、あらかじめ国会で議論するにはなじまないでしょう。

ただ、国民の権利義務を定めるには、法律で定めないで、政令に白紙委任では憲法違反の疑いがありますから、国会の議を経ない行政府の裁量で決めるとなれば、その意味を国民に対する時空支配観念である元号から、単なる年代の識別番号である年号へ格下げする解釈しかできないでしょう。

昭和の元号制は、時間支配観念を極力薄め、単なる識別記号と言う地位に落として、法律事項ではなく、政令事項にしたと解釈すれば合理的です。

そうすると、これは本質的には元号ではなく年号に関する法律になったと言うべきでしょう。

また、現在の国民も、年号的受け入れであって、自分の時空を昭和や平成と言う元号・年号によって支配されていると感じる人は、皆無に近いはず・・こうした実態を前提に昭和54年の国民は、元号法の制定を受け入れたものでしょう。

 

元号法
(昭和五十四年六月十二日法律第四十三号)

1  元号は、政令で定める。

2  元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。

   附 則

1  この法律は、公布の日から施行する。

2  昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

 



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