01/09/08
天文の発達3と形而上学の発展4(12進法の残照1)
この10干12支のセットは、西洋の1月2月3月に対するJanuary と Februaryなどの呼称に比べて普遍性・・融通性があったので、長期間の呼称だけではなく、いろんな分野の周期変化を数える基本となって、時間を数える名称(子の刻、牛の刻など)にもなるし・・月の数え方(子月、丑月、寅月〜)などで現在に至るのです。
天文学の発達とは、言い換えれば、形而上学・・哲学の誕生ということになるでしょう。
時間軸が目に見える穀物周期を知るためのもの・・月や太陽の寿命・・循環周期を観察して知る段階から、もっと長くて目に見えない人間の寿命・循環を考える時代が来たのです。
こうした時期・・・多分千年単位を経過した後に、体系化の試みが生じて、紀元前3〜4世紀のプラトンやアリストテレス・・仏教やユダヤ教の成立や中国の先秦諸子百家の時代が来たのでしょう。(ほぼ同時期です)
その直前、中国古代では、陰陽五行説が成立し、人生を12に区分しこれ5回繰り返して60年で元に戻る=還暦周期を設定したのです。
ただし、12を基準とした数え方は、これまで書いているように中国の独創ではなく月の運行と太陽の関係による太古からの人類の知恵・・12を基準とした周期に引きずられた観念の応用でしかありません。
これは洋の東西を問わず1ダース・インチなど12進法が今でも西洋にあることから理解できます。
ただ、中国では10干12支をセットにする数え方が優れものであったことと、これにあまりにも長くこだわりすぎたから、中国の専売のように思われているのです。
また、このころでは数を数えるのに10進法が合理的であることも知られるようになっていましたが、太陽暦が合理的と分かってからでも、太陰暦との折衷的暦法・・太陰太陽暦が約2000年以上続いたように、(ユリウス暦からでもアジアではほぼ200年です)10進法が合理的であるとしてもこれ一本に単純化するには、なお数千年の歴史が必要だったのも現実です。
10進法の繰り上がり計算では無限に数字を積み上げていけるので、数学者などには合理的ですが、日常生活では複雑な掛け算や割り算、あるいは巨額の数字を扱うことがなかったので、12進法のままでも不都合がなかったのです。
現在でも、学校では、サインコサインや微分積分を習いますが、専門家は別として、実生活では割り算掛け算まで出来れば大方間に合うのが現実であって、卒業したら忘れてしまう・・身についていない人の方が多いのを見れば分かるでしょう。
逆に観念的な10進法では、前々回月日の計算で書きましたが、なかなか生活実感と合わなかったのでしょう。
一般人が5月、8月や11月などと個性のない数字だけで表現するのに慣れるには、かなりの歳月がかかったのです。
(日本では既に1月2月3月・・と単なる数詞で表すのが普通ですが、英語では未だにJanuary と Februaryなどと固有の名称で表しています。)
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