01/07/08
天文の発達3と形而上学の発展(10干12支の誕生)1
あるいは、朱子の「少年老い易く学なり難し」の1節(ただし、これは和人の偽作という説もあります)
・・・・・・「未だ覚めず池塘春草の夢」
階前の梧葉已に秋声
私は、この「未だ覚めず池塘春草の夢」という少年の心の表現が大好きですが、わが国で言えば「空にすわれし十五の心・・」(啄木)というところでしょうか。
ただし、啄木は、北国盛岡の育ちですから、盛岡の城跡に寝ころんでいる景色ですが、柔らかい草木の表現までは行かないようです。
朱子は長江流域の人ですし、長江流域に本拠を移した南宋のころからどこか柔らかな漢詩が増えてくるのです。
自然が豊かであった古代地中海世界・・エーゲ・ギリシャでは、(当時豊かな森があったこともレバノン杉のコラムで紹介しました)星座の研究から多様な神話世界に入って行ったのに対し、寒い黄河上流域で住んでいた古代中国では時間軸・理屈を突き詰める方に発展して行ったのです。
話を暦・・・経過する時間観念の理解に戻しますと、中国では目に見える穀物年の繰り返しを考える方法として、年よりはもっと長い10干12支の周期を考えるようになってきます。
私の知識でははっきりしないだけですが、多分大きな数を数える技術との関係で、10干12支の組み合わせ方が、さしあたり合理的だったからではないでしょうか?
抽象的な漢数字や算数字(アラビヤ数字)の開発・・11・・21・・31などの繰り上がり形式の数え方は、かなり抽象的思考作用の進んだ後でなければ、考案されなかったでしょうから、長期的期間である365日を数える工夫が先ず必要になってきたのです。
これをまとめて数えるよりは、中間的な10までの数字を決めるのが合理的です。
甲乙丙丁から壬癸までの10干の開発(ローマで言えば結び目・・ノットに該当するでしょう)は、この繰り返しを3回すれば1ヶ月ですから、割りに多くの数を数えることを可能にした優れものでした。
しかし、1年を通して数えるには、5回目の甲と6回目あるいは12回目の甲の区別をつける必要から、別に数える基準の漢字が必要となります。
1年は、約12回の月の満ち欠けの繰り返しであることは、早くから分かっていたでしょうから、1年に12回繰り返す月の満ち欠けに対応する漢字の開発が12支になったのでしょう。
英語でも12までが固有の数詞ですから、13以降は後から付け足したことが分かります。
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