01/07/08

気候風土と芸術1

 

今日から、わが事務所も仕事初めですが、書き始めたついでですから、もう少し正月コラムの続きを書きます。

中国文明といっても、メソポタミやあるいは古代ペルシャ文明の到達点として、栄えたに過ぎないと言う仮説(すべてこのコラムは私の独断・偏見に基づいています)を、09/01/05中国の独自性とは?1(ペルシャの影響1)以下で連載しました。

その他、12/14/05「漢民族の広がり?4・東西移動から南北移動へ2」その他あちこちに書いています。

中国・漢民族の版図が北辺の黄河上流域から長江流域に広がってから、南宋の水墨画などの芸術が花開くのですが、豊かな水と自然がその基礎にあるからです。

それにしても、単色の水墨画が中心ですから、光の弱い北方世界の遺伝子が如何に大きく影響しているかがわかろうというものです。

わが国でもそうですが、鹿児島など光の豊かな地域を旅行してみると、その地の色彩感覚の豊かさが分かります。

10年ほどまえに福岡のキャナルシテイーが出来たばかりのころにいってみて、色彩感覚の違いに驚いた印象がありますが、昨年秋の夜に大阪のみなみの繁華街を歩いてみたのですが、今度はそのケバさには驚くばかりでした。

ちょっと西に寄っただけで、関東とは色彩感覚自己主張の仕方が大きく違うのです。

魚でも樹木・草花でもそうですが、光の豊かな地域では魚の色模様が豊富ですし、樹木も多様な色合いになります。

これに対し、高緯度地方・・光の少ない地域では、樹木も濃い緑一色になり、魚も小鳥も背中の色は濃くなる一方です。

イキオイそこですむ動植物も影響を受け、小鳥や魚の色合いもこれに似てきますし、住んでいる人の好み・・芸術感覚も比例してくるのです。

西洋近代の芸術といっても、明るい空を見て育った我々日本人からから見れば、薄暗い芸術作品が多いと感じるのはこうした結果から、理解できるでしょう。

他方ゴツゴツした(格調が高いと表現しますが・・)漢詩でも、南方が対象あるいは版図になると雰囲気が変わってきます。

杜牧の「江南の春」の1節「千里鶯ないて・・・・」の場面は、私には、何となく蕪村の描く菜の花畑・・菜の花や月は東に日は西に・・をイメージしてしまうのですが、皆さんいかがでしょうか・

    江南の春  杜牧
    

    千里鴬啼緑映紅
    水村山郭酒旗風
    南朝四百八十寺
    多少樓台煙雨中

 

 



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