01/04/08

明治の改暦と社会の混乱2

ここからが問題ですが、当時は掛売りで年末集金の時代ですから、年末の13月の末の集金予定がイキナリ約2ヶ月近くも早い旧暦の12月2日に来ても、払う方は払えないし、集金する方も大変だったでしょう。

その集金したお金で自分も払うのですから、あちこちで取り付け騒ぎが起きても不思議ではなかったはずです。

手形発行の時代だと倒産騒ぎが続出ですが、当時はまだ手形法もない時代ですから、取引停止処分などの画一的制度がなかったので、うやむやに終わったのでしょうが、手形でなくともいろいろな約束事がなくなったり、早まったりで大混乱になったのは明らかです。

(手形法がなくとも江戸時代から、わが国では上方の銀本位制と江戸の金本位制のために為替手形制度は発達していたことをこれまで何回か紹介しました。)

手形の問題だけならば、大地震のときと同じように一時支払いストップを布告し、この間の未払いは支払い停止処分扱いにしないと言う特例を作れば良いのですが、日常のありとあらゆる約束事をストップさせたり延期させるのは技術的に困難です。

特定しないですべてを1〜2ヶ月先送りしてしまえば、今度はもともとの先の予定と重なるのでこれも先送りしなければならなくなります。

たとえば、旧暦の13月末の支払いを新暦の1月末にすべて先送りすれば、元々旧暦の1月末の支払いと重なってしまいますから、その支払いも先送りする必要が出てくるのです。

お金や不特定物取引の場合だけなら代用のお金がある人は何とかなりますが、特定物の引渡しや加工作家の原稿締め切りなどの場合はどうにもなりません。

旧暦の1月1日と旧暦の12月3日の2回に一緒に山登りする約束があったり、ホテルに泊まる約束があったとすれば、同じ人間が両方のホテルに泊まることはできません。

品物を旧暦の12月末に受け取って、これを旧暦の2月1日までに加工して引渡す約束の場合も、受け取る方だけ先送りされたら、引渡しも不可能です。

こうしてすべて順送りに先送りしたら、暦を変えた意味が無くなるでしょう。

このように、13ヶ月を12ヶ月に縮めれば政府のように支払いだけ免れるのではなく支払いを当てにしていた・・あるいは、その間の売り上げを予定していてそのお金で払う商人などは収入も無くなるのですから、大変な事態です。

物を造る債務の場合は作る期間がないのです。

政府の方は歳入形式ですから、1年が12ヶ月だろうが、13ヶ月だろうが1年分の収入・・当時は年に1回の農業収入が租税の中心でしたから、2ヶ月近く減れば、その分の年度内支出が減っただけのことでした。

とは言うものの、その分翌年度が早く開始するのですから、当面の帳尻あわせができただけです。

 



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