01/03/08

元旦とは?1(暦の歴史1)

太陽との関係で考えれば、大晦日に書いたように季節感が薄れたとは言え、本来は冬至が終わりと始まりの1番の基準点ですから、産業構造や体力が許すならば、年末年始の行事がもっと先に繰り上がっていくのは合理的です。

そのかわり、暖房が発達し、イルミネーションなどで町が明るくなる一方ですから、「1年で1番太陽光のすくないとき」から再度太陽の復活を祝うという意味も大した意味・・有り難味が無くなってくるのではないでしょうか?

昔はギリギリの生活をしていたからこそ有難かったので、寒冷地ではどこでも冬至前後で太陽の復活を祝うようになったのです。

(ゲルマンのいた高緯度地方では終日真っ暗です)

太陽暦にした以上は、冬至を何故大晦日にしなかったのか疑問ですが、ここ2〜30年の年末行事の繰り上がりは、暖房や栄養状態の向上に従った人類の本能の所産というべきでしょうか?

ところで、現在の太陽暦(ユリウス暦〜グレゴリオ暦)の前に存在したローマ暦では、春めいてきたときに、当時のトップ・・当時は3頭政治だったか正確なことは忘れました・・・が新年の開始を宣言・cal?re (カレンダーの語源らしいです)したとき・・現在の3月の宣言された日が新年の開始・すなわち1月1日だったのです。

ローマ暦と言っても長い間に少しずつ改革されていますので、その初めのころという意味です。                                

前700年代に1月2月が加わったことを1月2日の1のコラムで紹介しました。

当時は、洋の東西を問わず農耕のための暦だったので、冬至以降約3ヶ月間あまり日付のない日が続いたらしいのですが、これで充分用が足りたらしいのです。

今で言えば、眠っている夜中の時間は知らない間に過ぎていくもので、時計さえこの世になければ、その間・・睡眠時間が5時間だったか7時間だったか知らなくともいいのと同じです。

夜中にも時間の経過はあるのを誰でも知っていますが、トイレに起きた時間が3時だったか4時だったか知らなくともいいのと同じでしょう。

眠っている期間と同じで、農作業もないし、寒くってちぢこまっているだけの時間は、時間自体を細かく気にしなくってもいいし、記録するまでもないからなかったことにしよう考えていたのですから、歴史というのは面白いものです。

太古の昔は、熱帯地方は別として人間も冬の間食べるものが乏しいので、熊さんみたいに、ほぼ冬眠していたのでしょうか?

冬の間も時間の流れがあるのは当然分かっていたのですが、その間農作業がないから、時の経過・・日付を決める必要性がなかったということでしょう。

この後にも書きますが、暦を決めると言うことはスケジュールを決めることであって、時間や日付を決めるのは、帝王が指示命令するためのものですから、帝王だけが出来る重要な仕事でした。

「この期間は自由に生きていればいい」という帝王の支配から解き放たれる期間でもあったのでしょう。

 

 



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