01/01/08

元旦2(行事の変化2)

正月行事の期間を概観してみますと、私の高校時代・・高度成長期ころには、銀行など若い女性の多く働く仕事場では、15日ころまでは振り袖姿で華やかにしていたものでした。

その後、私が弁護士になったころでも、まだ「松の内」という概念が現実にあって、仕事には出るものの、その期間は、新年の挨拶まわりなどで時間が経過し、日常的仕事はまだ始まっていませんでした。

当時は、裁判所の刑事公判や民事の弁論期日あるいは調停期日も、新年は20日前後からしか入らなかったものです。

それが今では、曜日次第で1月6日、7日ころから期日指定してくる始末です。

弁護士にとっては、1月6日の裁判のためには、正月中の準備が必要になってくる次第で、正月休みが前に繰り上がってきている感じす。

大晦日に書いたように、農業中心に組み立てられた生活習慣が社会全体で崩れてきたのに、裁判所・・あるいは公務員だけ昔ながらに休んでいるわけに行かなくなったのでしょう。

農業中心であれば、1年分の食糧である穀類の収穫と冬の間のビタミン補給材としての漬物を漬け終われば・・元々農作業は殆どないのですから、囲炉裏端談義の延長としてだらだらと何時までも楽しんでいる必要があったのでしょう。

長過ぎる冬のメリハリも必要です。

この後に書いていきますが、1年の終わりは本来冬至に設定すべきだとすれば・・始まりはその翌日です。

太陽が真上に来る正午よりも午後2時ころに1番温度が上がるように、寒さのピークも日照時間の極少時よりもちょっとずれた2月初め・・旧正月ころに来る原理です。

これが理屈どおりに太陽暦の正月となれば、皮膚感覚とも合わないので、なおさら、実際に働き始めるのは、もっと遅くするしかなかったでしょう。

農作業にとって重要な作業基準である24節季から見ても、土のゆるみ始める「雨水」は、極寒日が終わった立春の2月4日から15日後のおおむね現在の2月19日ころですから、旧暦でも正月からちょうど15日間はまだ土いじりを出来なかったのです。

まして、約1か月早くなった新暦の正月では、24節季の小寒大寒の直前ですから、凍った冷たい水の奥で鯉がじっとしているような時期で、石油石炭による暖房を知らない時代には、人間も生きているのがやっとで何も出来なかったのです。

旧正月でようやく立春・・・空気の緩み始まったころから農作業準備開始の「雨水」までのウオーミングアップとしてのあいさつ回り・・酒を飲んで回るのは、景気づけにもなったでしょう・・・はちょうど必要なことだったのです。

もちろん、こうした贅沢を楽しめるようになったのは、江戸時代からで昔からこうした習慣が庶民中堅にまで存在したわけではありません。

農業に従事しない、上下関係やお得意先のある武士、町人階級が増えたことが、朝廷外での儀礼的行事を盛んにしたのでしょう。

本当の農民は、自営でしたから挨拶に行かなければならない関係もなく、そんな儀式ばったことを楽しむ余裕はなかったでしょう

 



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