01/21/07

世界平和28(産業革命と資源争奪4)植民地から帝国主義へ

アメリカ独立以降は、イギリスは植民地政策を変更します。
この教訓で、イギリスの方針が変わって、各地植民地を自治領化して行き、最後は英連邦になっていくのです。
最終段階の英連邦(コモンウエルス)の成立については、08/25/05「英連邦の成立とブロック経済化」のコラムで紹介しました。
それ以降は、同じ植民地と言っても、こうした自国民の移民保護策やその地域の支配ではなく、それ以外の支配地・・異民族支配に方向を転じた画期的?な変質があるので、アメリカ独立以降は本来植民地支配ではなく、いわゆる帝国主義時代というべきでしょう。
以降、自国民の植民ではなく異民族の支配に邁進し、インド支配を確立したので、インドは大英帝国の宝庫といわれるようになるのです。
インドに限らずアジア・アフリカに対する苛烈な搾取構造が定着するし、アヘン戦争のような道義も何もない戦争が増加するのです。
以降の英米支配の実相・・世界の特徴は、異民族支配〜弱肉強食が特徴でしょうか?
勿論植民地争奪で、イギリスに負けたフランスも、同じく異民族支配の方向へ転換していきますが、イギリスほど意識的に転換したのではなく、植民競争で負けた限度でしかなかったので、アルジェなどのように最後まで植民地経営に固執して失敗するのです。
このような露骨な人種差別思考に基づく政策が、英米の基本的思考ですが、この裏張りとして各地で民族主義的思考が生れてきます。
この後に書きますが、資源ナショナリズムも、よそから来た宗主国に資源を横取りされるようになったから、その逆張りとして資源採掘権を国家主権の本質的なものとして主張されて来たのです。
資源ナショリズムも民族主義も、侵害されたことに対するアンチテーゼとして発達したものでしかないのですから、万代不易の理念ではなく、この侵害がなくなった時点では、また別の考察が必要です。
イギリスの植民地政策の方針転換(植民から異民族支配・・帝国主義へ)は、西洋全体の余剰人口問題が、ほぼ収束に向かっていた面も下地にあったでしょう。
ですから西洋列強は、すべてそのころから新たな植民地経営を始めることなく、異民族支配に転換していくことになったのです。
西洋では、19世紀から人口を海外に押し出すよりは、むしろ減少傾向が続き、さらには逆に外国人労働者を受け入れてきた結果、20世紀末からは、定着した外国人労働者の問題を抱え込んでいるのです。
その過程で、人手不足・・アメリカでの黒人奴隷に繋がって行ったのでしょう。



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