01/20/07
世界平和26(産業革命と資源争奪2)
それまでは、地元の生産能力が地元の需要を上回って、域外への販路拡大に動くのが普通でした。
これが、古代から近代までの交易の発達とその阻害に対する戦争の主たる原因だったのです。
産業革命では、古代からの伝統のとおり、先ずは、生産過剰で域外への輸出が始りますが、それだけでなく加工する資源が大量に不足してくる時代になったのです。
日本でも八幡製鉄所は、産炭地近くに立地したのですが、今では地元の石炭よりは輸入炭に頼っているのです。
甲府の宝石加工業も、主に輸入石の加工でやっています。
この行き着く先が現在の工場立地で、資源はどうせ輸入するものだから、消費の近くで作るようになってきたのです。
こうして、その地域から国内のよその地域まで、更には自国領土外に加工材料や資源を求めることが始ります。
このような時代になると、資源の存否・安定供給が重要な要素になりますから、貿易拠点の獲得だけでなく、再び領土支配が必要になってきたのです。
この前提には、地下資源の採掘権は、領主にしかない・・独占的・不可侵の権利と言う前提がありますが、その思想の問題については、後に書きます。
地下資源は、一見してどこに何があるか直ぐに分かるものでは有りませんから、さしあたり少しでも広く縄張りを取った方が良いと言う発想になってきます。
近代以降の戦争は、上記のとおり、商圏の奪い合い・縄張り争い・拠点獲得競争から始って、今では資源・面としての支配地の奪い合いになっているのです。
ロシアなどは、一周遅れの領土欲(農耕民の発想)でやって来たのが、今になって幸いしていると言う次第です。
ロシアがせっかく本能的に獲得していた広大なアラスカを、アメリカに売却してしまったことを今になると悔やんでいるでしょうが、そのころは資源の重要性にまで頭が廻っていなかったことの証拠でしょう。
それに、輸送コストの都合で内陸部は敬遠されていましたが、資源価格の高騰とパイプラインの発達で、内陸の弱点を補えるほどになって来たことも大きいのです。
こうなると、沿海部に存在する中東や中南米の石油だけでなく、中央アジアの内陸国も資源国家の仲間入りが出来るようになったのです。
昔は、山岳地帯で誰も住めないようなヒマラヤや、ツンドラのシベリヤ、あるいは中央アジア諸国にとっては、細かな国境の概念すらなかったものですが、今では絶海の孤島の無人島でさえ、どこの国でも血眼になって「権益を」守ろうとしているのです。
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