01/20/07
世界平和24(国民総力戦3)自由貿易体制(ガットからWTOへ)
以上のように、第2次世界大戦の原因は、軍国主義者の存否・民主主義を守るための戦いではなく、自由貿易の阻害にあったことが、誰の目にも明らかであったのです。
そこで、恒久平和を求めるためには、自由貿易体制の重要性が論じられて、戦後直ぐにガットが結成されました。
当時世界の総生産の半分を占めていたアメリカにとって、世界貿易の拡大は自国に有利になるシステムでもありました。
1948年のガット(関税と貿易に関する一般協定)は、貿易に関する様々な国際ルールを定めていますが、その基本原則は、
(i)貿易制限措置の削減、(ii)貿易の無差別待遇(最恵国待遇、内国民待遇)でした。
その発展型が、現在の WTOです。
ところで、自由貿易さえ保障されれば商圏を巡る戦争はなくなるでしょうが、それだけで、戦争防止に充分でしょうか?
これまでのコラムで、ちょこちょこと頭出ししてきましたが、近代では、自由貿易の前提である資源の奪い合いが,戦争の要因になっているのです。
日本が第2次世界大戦で、南方進出をしたのは、インドネシアやボルネオの石油とマレー半島の地下資源獲得が目的でした。
重商主義の時代には、商圏さえ獲得出来ればいいのであって、領土欲まではそれほど必要としなかったでしょう。
最初は東インド会社などを現地に作るくらいで、途中の海運の防衛(海路の安全)と行く先で貿易の妨害をされないこと・貿易拠点さえ作ればよかった時代でした。
要するに、今で言うところの自由貿易さえ保障されれば、良かったのです。
ベネチュアや、その後を継いだオランダ、ハンザ同盟などはその程度で満足していたのです。
実はこの時代の戦争は、まだ商業資本家とその関係者くらいがプレーヤーで、国民末端まで戦争の利害が浸透していなかったのです。
何しろ負けた方も、開港すればいい程度の話でした。
しかも人口の大半はまだ農民でしたから、国民の多くは商工業者の勝敗・・損得には、あまり関係がなかったのです。
イスラムは、宗教の広がり=商業ルールの共通化には、熱心でしたが、領土的野心は余りありませんでした。
西洋の重商主義時代にも、海外膨張がありましたが、基本的には、領土そのものに関心があったというよりは、貿易拠点の確保・相手の開港さえ保障されればよかった時代でした。
コロンブスやマゼラン以降の大航海時代の始まり・・・・新大陸への植民政策は、別の要因・・ペスト禍が収まった以後の人口膨張・・過剰人口の捌け口を求めたことによるところが大きいでしょう。
こういう時代を前提にすれば、人口膨張の管理と自由貿易さえ保障すれば、戦争の合理的原因除去としては、すべて解決だったでしょう。
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