01/18/07
世界平和20(王様の戦争から商圏獲得へ3)
国債と紙幣の比較から、中央銀行の役割の話に行ってしまいましたが、話を、01/15/07「国債発行と国民戦争4(国債と紙幣1)」の続きに戻します。
国債発行が、国民みんなの戦争へと変質してきて、次第に国民総力戦の様相を呈してきたのが近代以降の戦争でしょう。
(ナポレオンによる国民軍の創設の背景です。)
こうして、王様の個人的な戦争から、地域利害の代表としての戦争が普通になってくると・結果的に地域を括る概念として「民族国家」という枠組みが生まれてきたのです。
しかし、地域利害の対立軸で考えるならば、民族で括るのでは、枠組みが若干ずれていることになるでしょう。
そこにナチスによるユダヤの迫害や、バルカン諸国のような人種間紛争が起きるのです。
アメリカ合衆国の例で分かるように、どの民族・人種かではなく、その地に住むものの共通の利害で結束しているのです。
自由と民主主義を守るとか国旗や何かに象徴していますが、要は、その地にすむことによる共通利害と言えば分かり良いでしょう。
どこの民族出身かどうかではなく、アメリカで取れる資源を守ると言う点では利害が一致しているだけでしょう。
以下に書いて行きますが、資源こそが近代国家・・集団利害の最たるものとなっているからです。
ナポレオンの大陸封鎖令を、08/23/05「王と軍の存在意義4(フランス革命1)」以下で紹介しましたが、仮にフランスの王様とイギリスの王様が兄弟でも、競争相手であることに変わりがないのです。
地域利害で戦争する時代になっていたのです。
こういう時代になると、スペインのようにネーデルランドもオーストリアも王様を兼任すると言うのは、民族の一体性と言う時代観念から無理が出てくるのです。
オランダの地域利害とスペインの地域利害が、一致するわけがないのです。
王様の個人的な戦争の時代には、王さま同士の縁組が味方を増やす有力な戦略でした。
戦国時代や、その後の江戸時代でも合戦と言っても、地域対抗ではなく支配層だけの離合集散・戦いである限り、縁組は有力な手段でした。
地続きの連合かどうかは、防衛・・兵力の集中に有利かどうかと言う軍事的な意味合いしかなかったのです。
武田信玄も上杉謙信も織田信長も、いずれの戦国大名も領内の産業振興に熱心でしたが、それは自分の兵力の強大化を図る手段として気に掛けていただけでした。(富国強兵の原型です)
ところが、その手段であった領民の経済力が高まってくると、逆にその要望を無視できなくなってきたのが西洋の重商主義時代です。
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