01/16/07
不換紙幣と中央銀行の独立性2
実は、日銀が出来る前には、アメリカのナショナル銀行を翻訳した国立銀行条例(1877年)に基づき各地に「国立銀行」が作られましたが、これはアメリカの単語を翻訳したからそうなっただけで、国営という意味ではありません。
(アメリカは、州ごとにステート・・国ですから、その翻訳でよかったのでしょう。)
この国立銀行の発行する国立銀行券と言うものが、1877年から各地に作られますが、これでは統一国家といえませんから、前回紹介した日銀券に統一されて行くのです。
その後、これが第七十何とか銀行、第80何とか銀行などと言う名称で今でも少し残っていますが、各地の地銀になって行くのです。
こうした経過があって、前々回の通貨法で紹介したように、政府自身が発行できるのは、補助貨幣である硬貨だけで、その硬貨も日銀に引き渡して日銀券と交換しなければならない仕組みになっているのです。
これは現行の通貨法で、初めて決まったものではなく、そのずっと前からでした。
ま、本気で、貨幣発行権の中立性を期待するならば、硬貨製造も日銀の権限にするべきでしょうが、何か歴史の由来・・既得権か何かの理由で硬貨だけは、今でも政府の権限になってるのです。
その代わり、硬貨額面は少額に限定している外、その強制通用力の範囲を20枚に限定したり、政府が製造しても発行は日銀に委ねねばならないなど制限を多くしているのは、経済への影響力を極力少なくするための工夫です。
政府が、お金ほしさにむやみに発行することに対して、ちょっとした歯止めをしているということで、世界から許容されていると言うところでしょうか?
話が紙幣発行に行ってしまいましたが、戦争ファンド・・初期国債は、金貨のように、そのもの自体に一定の価値のあるものではなく、発行者の信用にかかる点は、非兌換紙幣と同じです。
ただし、兌換紙幣時代が長かった時代を前提に見れば、金交換の裏づけのない・今で言えば一種の特定事業向け社債投資だった点が紙幣とは違います。
不特定の信用と言う抽象的な価値を表す、紙幣との違いとも言えるでしょうか?
貨幣制度が成立つ・信用を得るためには、国家が経済的には中立であって、発行者が自分の都合で発行しないこと・・・借金などのプレーヤーにはならないことが重要でしょう。
これが、中央銀行に対する独立性付与の基礎です。
これに対して、国債は、同じく国家の信用で成立つとしても、経済行為の当事者としての借用書的機能で、参加しているのです。
ただ、国債は紙幣ではないから、いくら出しても良いかとなると、その発行の仕方によるのです。
もしも、国債を日銀がいくらでも引き受けるとなれば、実質的に政府が日銀券・紙幣を無尽蔵に発行するのと、経済効果が似てくるので大問題というべきでしょう。
以下、再び国債の問題に戻っていきます。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
