01/16/07
不換紙幣と中央銀行の独立性1
通貨偽造の話に戻しますと、結局犯罪と言うのは、大規模な準備・・・時間のかかる犯罪は実行し難く、アンチョコにできるところに発生しやすいのです。
泥棒除けにいろんな鍵が工夫されますが、時間をかけて壊す気になればどんな鍵でもドア−でも壊せる点は同じです。
難攻不落の城と言っても、時間の経過でいつかは落城するのですから、その間に応援が来るとか、攻撃側の内部分裂などを待つ仕組みです。
特に戦国時代では、寄せ集め軍でしたから、在陣が長引けば、脱落者が出てくるので収拾がつかなくなることが多かったのです。
上杉謙信の小田原・北條攻囲戦等は、その典型です。
川中島合戦が何回も繰り返されて原因は、信長のように専門の戦闘集団でなく、半農半武士の時代でしたから、長引くとみんな故郷の農作業のことが気がかりで気もそぞろになってしまうからでした。
空き巣や万引きに限らず、その他の犯罪でも時間がかかれば、通行人などに、発見される危険があるので、寸秒を争うのです。
犯罪者・・・攻撃者は、手間ひまかかるのをいやがる点が共通項です。
こう言う次第で、できるだけ大掛かりな装置の必要な仕組みにして、政府は安心して、ただの紙切れに1万円とか5000円の値段をつけて売っているのです。
ただ、この紙切れの値段の信用を維持するためには、紙幣発行者と政府・・・経済プレーヤーを切り離す必要があります。
金と交換しなくて良いのですから、その物理的歯止めはなくなってしまいました。
そうなると、政府の自制心しかないのですが、お金が欲しくて仕方のないのが世界中の政府ですから、政府の自制心だけでは心もとないのです。
しかし、政府がお金欲しさにむやみに発行数を増やしますと、需要供給の関係で紙幣価値が暴落・インフレになって、国家経済が持たなくなってしまいます。
これを防ぐためのセーフテイ−ネットが、政府から独立した中央銀行制度の始まりです。
日本でも、日銀が出来たのは貨幣制度がまだ定まりきらない明治の中頃(1882年)で、日銀券の発行は1885年からでした。
紙幣の日銀券統一が、1899年です。
中央集権国家で、まだ憲法も出来ず内部的には批判を受け付けないときでも、貨幣ばかりは、中立の機関を作らないと海外が信用してくれなかったからです。
先に日銀が出来て、その後の1997年(明治30年)貨幣法が公布されるのですから、独立の中央銀行の重要性が分かるでしょう。
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