01/12/07

世界平和16(戦争の原因12・・賠償金4)日清戦争2

話を賠償金システムに戻しますと、戦争で負けた方も領地を失うのでは、将来性が有りませんから、何とかお金を調達して、被占領地の取戻しを図るので御互いに、賠償金を持って帰りたい攻撃軍との利害が一致したのでしょう。
身代金制度も同じです。
身代金は騎士が戦争の主役の時代の話しですが、兎も角、命永らえて国に帰らないことにはどうにもなりませんから、必死に身代金を作ったのです。
こうした経過で西洋では、戦争は一種のビジネスとして戦争ファンドが組まれることすらあったようですし、逆に捕虜にされた君主や騎士救済のためのファンドも組まれました。
勿論ファンド結成には、それなりの将来性がなければなりません。
賠償金をはらえない場合には、残念ながら処刑されてしまうのが原則でした。
後に紹介する清朝の日本に対する賠償金支払い資金として、西洋列強が融資したのも、まだまだ、これから清朝からむしり取れると言う見通しがあってのことだったでしょう。
このような経過で西洋では、身代金や賠償金制度・・これに向けての協調融資・・ファンドが発達したのです。
この歴史を引きずっているのが、中南米(西洋の移民です)やフィリッピン(スペインの植民地でした)のゲリラによる身代金要求事件でしょう。
日本国内の過去の戦争は、勝てば、占領したのは城一つでも明日から自分のものですから、城の代わりに賠償金を取ると言う発想が有りませんでした。
アラブ系ゲリラでも、こうした要求が出ないのは、戦争の歴史が違う・・商圏の争いの戦争だけだったからではないでしょうか?



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