01/11/07
世界平和13(戦争9・・インフラの変革と戦争1)
外国との境界はピレネー山脈や、アルプス、ヒマラヤなど一日や2日で歩き切れないほど人の住めない地域が広がっているのが普通ですから、その障害物を超えて占領しても徐々に灌漑地を広げて行くような芸当はできません。
だからこそ、これらが徐々に農耕地を広げる限界としての国境になって、(この中間地帯には農業社会以前の山岳民族がばん居しているのが普通です)長い間に民族の個性が作られて来たともいえるのです。
狭い日本でも、例えば上杉謙信が、関東管領の格式に基づいて関東経略に手を出しますが、三国峠を越して厩橋城の維持をするのは難しく、いつのまにか、北條に奪回されてしまいます。
信長が、美濃攻略後直ぐに京を中心にした畿内を席巻出来たのは、逢坂の関が古代に言われたほどの天険ではなかったからでしょう。
信長は、いとも簡単に美濃と京を往復しています。
このように、時代と共に交通手段の発達で自然の隔離能力が低くなるのは、当然です。
これに比べて、戦国時代にもまだまだ、関東と越後の国境、三国峠や箱根は大きな隔離能力を持っていたのです。
中世後期から始まった西洋・・スペインやフランス・イギリス・オーストリアなどでの相次ぐ戦争(日本で言えば、戦国時代です)は、古代に確立した自然条件の阻害条件を前提にした棲み分け(民族国境)を変更する時代の始まりを意味していたのでしょう。
航海術やその他の移動手段(道路網・・・宿駅・携帯食糧などのインフラも含めて)が発達し、あるいは気候の相違に耐える生活技術の発達が、遠距離遠征をする動機になったのです。
これが、現在に至る戦争時代の連続になっているのですが、現在のグローバル化もその延長と言えるでしょう。
現在社会は、ダウ船に始まる海洋運搬手段・・船舶の革新・産業革命以降の車・飛行機やインターネットの普及など各種移動通信手段の革新が、古代の交通条件等を基礎にした国境・・民族成立条件に変動をもたらしている最中ともいえるでしょう。
ダウ船については、09/07/05「技術格差と交易3(都市国家の誕生)」前後で連載しましたが、海運技術変革の結果がイスラム教の発達を促し、ひいてはダウ船の行くところまで、イスラム教徒の地域になって行ったのです。
(メッカ占領が630年ですから、その後のダウ船による航海術の発達とイスラムの勢力伸張は、時期が重なるのです。)
こうして、古代以来千年単位で、固定していた旧来の民族の再編(これが近現在の戦争です)が、進行し、現在もその変革進行中の時代であるとも言えるのです。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
