01/10/07
世界平和13(戦争の原因7・・賠償金1)将棋の原理1
また、こうした経済的背景から、どちらが先か分かりませんが、戦争で勝つと賠償金を取ったり、身代金を取って捕虜を開放する習慣が生まれて来たのでしょう。
中学生のころ?日清戦争で何億円の賠償金をとったと読んだときには、正直驚いたものです。
日本の合戦の歴史で、勝った方が賠償金を取ったり、身代金を取って捕虜・・敵将を解放するなどは、読んだこともなかったし、イメージできませんでした。
清盛が義朝を身代金と引き換えに助命したとか、家康が身代金と引き換えに石田光成を開放するなどは考えられないでしょう。
あるいは賠償金を貰って、折角占領した敵地を返すなどもありえないことです。
これは仏教の中立性でも書いてきましたが、日本の国内戦争は国内同一民族間の戦争であったので、占領したら直ぐに占領軍が直接統治出来たことにもよるでしょう。
日本の源平争乱以来、戦国時代にいたる幾多の合戦と西洋中世の戦争とは、現象が似ている・・ヘゲモニー争い・・ですが、同一民族内の戦争か否かの点では、大きな違いがあったのです。
西洋の場合、他国へ行っての戦いが中心でしたから、占領して外国軍が直ちにそこの統治をするのは簡単では有りません。
日本の場合、狭い割りに山ばかりですから険しい山並みで隔てられていたのが、そこの開通に応じて先ず武士の移動・・戦争が始ったのですが、日本ではスケールの小さい分、他国へ出かけたと言っても単なる方言程度の違いでした。
それでも何回も書きましたが、気候温暖な千葉人と信州や甲州の人では、大分民族性が違いますし、西国方面と東北地方ではまるで、気質が違いますよ!
これに対し西洋でも同じく、同一地域内でも、大きな山脈を越えて戦えるようになっただけですが、日本の平野に対して平原と言い、日本の川に対し、大河が流れるなどその他のスケールが日本より大きい分、異民族になっていたのです。
ただし、異民族と言っても同じ西洋キリスト教徒内のことで、日本の地域差を大きくしただけです。
異言語となっていたのですが、英独仏の違いなどは、日本の方言に毛の生えたようなものでしょう。
西洋では、領地獲得よりは掠奪(と言っても、(農耕社会では動産が余りありませんので・・、結局は賠償金制度に落ち着いてくるのです)目当ての戦争が中心であったのは、どちらが先か分かりませんが、結果としてそうなっていたのは事実だし、仕方がなかったでしょう。
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