01/09/07
世界平和10(戦争の原因4・・王様の戦争4)
その後に、少しばかり交通機関が発達したからと言って、いきなりよそから来た言葉も習慣も違う・・要するにいろんな場面で価値観が違っているのです・・よその支配者に従わないのです。
そこが、羊など家畜と人間の違うところでしょう。
競馬など見ていると、日本の騎手が外国へ行って乗ってみたり、外国人が来て乗ったりしていますが、
「馬は気にならないのだろうか?」
と気になるのですが、馬や羊には地域別の言語や文化が育っていないから、良いと言うことになっているのでしょう。
また、征服者が自分の農民を占領地へ連れて行って、そこのまつろわぬ農民を追いだして、そっくり入れ替えるということも、無理があるのです。
いくら何でも、その土地に定住している人間を、そっくり追い出すなどはできる相談ではありません。
何故出来ないのか、今のところ分かりませんが、兎も角無理でしょう。
仮にそんな無茶・・非人道的と今では言うのでしょう・・・・が出来たとしても、肝腎の自分ところの農民が自分の農地を棄てて、わざわざ見ず知らずのよその国へ出かけて行って、新規に農地を開拓する気持ちになるわけがないのです。
古代社会で別の国になったのは、その先で・・よその国まで行くと気候風土が大きく違うので、社会が非連続になって断絶していたのですから、戦争で勝ったからと言って気候風土の違うところへ出かけて行って、故国と同じ農業をすることはできません。
そこが・・気候風土のあまり変わらない同一地域内での農地化の広がりの時代・・・個人所有の未発達時代とは違うのです。
満蒙開拓団や戦後の中南米移民のように、多くの農民が応募したのは、生めよ増やせよ政策で人あまりになって、国内で食い詰める極限状態になっていたからでした。
気候も違うところへ大挙していって開拓に従事するなどが出来るのは、本国で危急状態が発生したときの農民しか、応募しないのが普通です。
我々弁護士でも、一定の地盤が出来て千葉で食べていけるのに、どこか・・大阪や福岡が良いぞ!と言われても、今更知らない所へ行って新たに開業したいと思う人はいないでしょう。
これは蕎麦屋でも、すし屋でも建築やでも、何の業種でも支店の進出ならいくらもありますが、自分の現在の職業を棄ててよそへ行くなど考えられないのです。
このように、集団所有の古代社会は別として、個人所有または占有が発達した中世以降では、領主がいくら笛を吹いても農民が動かないのです。
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