01/08/07

世界平和7(戦争の原因1)武士・騎士・王様の戦争1

そこで、以下のコラムで戦争の原因を歴史順に見ていきたいと思います。
農業社会の始りの時期には、01/05/07・・・1「戦争の合理的原因1(農業社会の戦争1)」以下で書いたように、農業に目覚めた民族と非農業の民族間で、耕地適地の利用をめぐって紛争が生じたでしょう。
しかし、農業社会化が行き着くところまで行った状態・・安定した状態(概ね中世がそうでした)では、発展不均等があっても大規模な衝突をする必要性が有りません。
漢民族も一定の地域以上に耕地を求めて、領域を広げても作物の出来ない気候風土のところまで行けば、それ以上はどうにもならないからです。
そこから先は遊牧民や山岳民族に任せるしかなかったのです。
そこで、農業化した西洋中世、あるいは漢民族内部では、その争いの利害関係者が限定されてきます。
要するに国民的利害があって争うのではなく、単なるヘゲモニー争いになるのです。
こうなると国民的関心が低くなるので、当事者が、専門化(と言うことは国民から遊離していたのです)してきて、武人・騎士や国王が戦争していても一般国民は関係のない時代が続いたのです。
東洋では、武士・士大夫層とそれ以外の分化の始まりでしょう。
(その分化以前には・王族と神官・宗教関係者とそれ以外の分化がありました)
要するに、農業をしている国民には、遠くの領地が誰のものになろうとも関係がないからです。
たとえば、スペインの王様にとっては、遠くはなれたイタリア半島の一部であろうとネーデルランドの一部であろうとも、支配地が増えれば、一定割合の年貢が取れれば、トータルの収入が増える関係です。
しかし、現地の農民まで根こそぎ殺すわけに行かないので、領地が増えたと言ってもそれぞれの領地にいる農民はそのまま動かずに、領主が征服地の領主を兼任するようになるだけです。
入れ替わるのは領主クラス、及び直属の高官くらいでしかないのです。
末端の労働者である農民にとっては自分の領主が遠くの国に出かけて行って戦争に勝っても、勝った方に属している農民個々人の農地が増える訳では有りません。
また、占領地の農地を与えるといわれても、普通は自分の農地を耕すのが精一杯の人が多いので、隣接地に農地をほんのちょっとくれるなら何とかなりますが、遠く離れた隣国・・歩いて10日から20日もかかるところの土地を貰っても困るでしょう。
このように、被支配者である農民一人一人にとっては、自分の耕作地が増えるわけでもないので、戦争の結果には無関係なのです。
農業社会の戦争で利害関係があるのは、王様と王様の取り巻きで、そのオコボレをもらえる貴族・騎士層だけだったでしょう。



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