01/07/07
仏教と世界平和4(非武装中立論2)
最近仏像の盗難事件が多く発生しますが、単に「罰当たり」・・宗教心の欠如と言うだけでなく、車移動による犯罪の広域化が、地域的束縛・・・抑制力を減弱させている面が大きいでしょう。
そうすると、行動半径が、広域化した戦国時代後期には他国からの侵入者である征服者がいくらでもお寺を破却できたのかと言うとそうでもないのです。
いくらよそ者・・侵入者でも占領地域の神社や仏閣をむやみに焼き討ち・破却すると、その復興費用はその地域住民の負担になるので、占領地の新領民の恨みを買うことになります。
むしろ、旧領主を駆逐した後の領民慰撫のために、現地の宗教勢力を有効利用する方が得策だったでしょう。
まして、戦っている戦国大名同士が同じ宗教基盤にあったので、お寺や神社がよほど一方の戦力に加担しない限り、実力主義の戦国時代にもこれといった防衛武力なしに存続できたのです。
このような関係は、西洋の修道院なども同じでしょう。
どちらかに加担したお寺は、叡山や恵林寺のようにひどい目にあっていますが、関係しなかったお寺や神社は安泰だったのです。
我が国戦後の非武装中立思想は、こうした戦国時代の非武装中立の宗教経験が背景にあるのではないでしょうか?
安保条約の極東の範囲について、神経質な議論が続き、戦争に巻き込まれるのではないかと言う主張が大きな扱いを受けるのは、こうした歴史経験があるからです。
こうした非武装中立・人道・・道義に頼る平和は、実は同じ宗教支持者間の戦争であったからこそ成立っていた事実を忘れてはならないでしょう。
それに、当時でも武家である限り、紛争地域にいて局外中立はありえませんでした。
戦国時代の戦争は個人の好みでしていたのではなく、武家のよって立つ基盤社会の奪い合いでしたから、武家である限り利害があったのですから、無関係を装うことは出来なかったのです。
そこで、旗幟鮮明にしないと、背後を襲われる心配もあったので、まず血祭りにあげられたのです。
今で言えば、商圏や資源をめぐる戦争が中心ですから、国際舞台で競走に参加している国である限り、局外中立はありえないのではないかということです。
現在社会での中立がありうるかと言う視点では、03/21/04「平和憲法と国の安全 4・・憲法50(非武装中立論と国粋主義者)」で書きました。
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