01/06/07

仏教と世界平和2(無抵抗主義の有効範囲1)

これに対して、仏教は、森の宗教・・思索する宗教ですから、農業社会の境界紛争も予定しておらず、ましてや商業利権・あるいは覇権をもとめて域外への宗教戦争を仕掛けたことも有りません。
せいぜい、お釈迦様の修行を妨害する邪悪なものから、お釈迦様を守るための四天王などが用意されていただけです。
この邪悪なもの?とは内面的な煩悩のことであって、外部からの敵を想定したものではないでしょう。
しかし、仏教が日本に渡来して日本の国教になって行く過程で、土着信仰(八百万・・やおよろずの神的発想)との融合で鎮護国家の思想に染まっていきます。
空海=弘法大師は、密教を取り入れて和洋折衷ならぬ神仏融(習)合に成功した偉人と言うところでしょうか?
平安京の入り口に存在した教王護国寺(現在の東寺)などは、その例証でしょう。
東京の音羽にも護国寺がありますが、これも真言宗です。
天台宗に比べて空海系・・・真言宗では、成田山に始って厄除けの御札などが盛んですが、こうした歴史を承継しているからでしょう。
しかし原則として、日本では現在に至るまで戦勝祈願など戦(いくさ)関係は、神社の専売特許で、仏教は内面世界の心のありように関する教えとして、あるいは死後の世界を考えるものとして分業してきたのです。
政争や俗世界の争いには、超然としているのが仏教の本旨です。
国難を説いた日蓮などは、その例外と言うべきでしょう。
その流れを汲む創価学会の教えを知りませんが、公明党の支持母体は、戦争反対の人が多いようですから、多分祖国防衛の教えを重視していないのでしょう。
仏教は、軍備を増強し、外的と戦って集団の平和を守る(結局は敵に勝つ)思想では有りません。
そもそも一定の集団・民族を想定していないからこそ世界宗教なのですし、敵はどうであろうとも、内面の確立を説くものですから、現世の何かの利益を命懸けで守るような教えではないのです。
命懸けで守るものがあるとすれば、精神の自由でしょうか?
上記のように四天王は、この精神の自由を守護するためにあるのです。
国際政治のあり方としては、諸国民の公正と信義を信用する日本国憲法前文の思想です。
マハトマ・ガンジーの無抵抗主義に連なるのでしょうか?



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