01/04/07

戦争の非合理的契機(十字軍の本質1)掠奪戦争1

とはいうものの、こうした合理的欲求・原因ばかりが、戦争の原因とは限りません。
たとえば、ローマを滅ぼした原因であるフン族の大移動〜度重なるローマへのゲルマン諸族の波状攻撃は、ゲルマン族が経済・文化的に進んでいたからではなかったのです。
むしろ、自分達よりも進んだ豊かなものを求めて行なう掠奪戦争もあるのです。
その後の、十字軍の場合にも、西洋の経済が充実して優勢になったことによって、商圏拡大を求めていったのではありません。
ペスト禍後の人口復活〜過剰で、その捌け口に困ってきたのが、大きな原因でした。
傭兵(ならず者)の発達も、従来の長男が当主・騎士、次男が僧侶と言う図式で、処理出来ないあぶれものが多く出たことによるものです。
ハーメルンの笛吹きのお話(植民地の拡大による、人集めの話にネズミ退治の話が後に付け加えられたものです)なども、そうした人口過剰の背景で生まれたものです。
あるいは、北欧のバイキング〜海賊もそうした原因・エネルギーの余剰から始まったものでしょう。
他方で、ベネチュアの商人を通して中東地域のきらびやかな富・先進文化に気付いた事から、「中東は良いぞ!」と言う強盗的な発想で始まったものでした。
この強盗行為に対する箔付けとしてキリスト教徒の救済と言う名分をつけただけです。
救済に行ったはずなのに、キリスト教徒からの略奪の方が多かったとも言われています。
何しろ当時のトルコは強かったので、掠奪するのは無理があったのです。
その後、西洋の宗教戦争の時代に、オスマン トルコは神聖ローマ帝国・オーストリアの本拠地・ウイーン攻城戦までやっていることを、04/18/06「世界宗教の非合理化と改革8(独の場合1・・・政治力学とアウグスブルクの和議1) 」で紹介しましたが、そのころのトルコは今と違って強かったのです。
そこで、十字軍は何回行っても歯が立たなかったので、仕方なしに矛先を変えて、現在のバルト地方へ、侵略していったのがドイツ騎士団だったのでしょう。
ドイツ騎士団の暴虐振りは良く知られていますが、十字軍の本質が良く分かる話です。
その後産業革命を経て、キリスト世界が圧倒的に優勢になっていきます。
この成功で、いまや世界支配者になっていますので、十字軍遠征の理不尽さが隠蔽されていますが、本質は強盗行為・掠奪・戦利品目的だったのです。



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