01/04/07

世界宗教の角逐(イスラムと仏教)1

ついでに、西域〜中央アジアが仏教徒からイスラムに変わった経緯・原因について考えてみましょう。
西域通商路沿いの諸族にとっては、交易こそ生命線ですからこの異民族共通のルールを教える貿易神であったイスラムの教えが合理的・・役に立ったでしょうから、仏教徒から、イスラムに改宗してしまったのは当然の成り行きです。
この点、仏教が西域を通じて漢民族に入ると、漢民族は、そこのころ100%商人の国家ではなく、そのころはかなり農業社会化が進んでいましたし、民族固有の儒教や道教がありましたので、西域諸国ほど全面的に仏教が風靡する訳には行かなかったのでしょう。
ちなみに、イスラムの発生する前に、早くから西域諸国が世界宗教の仏教が広がったのは、このルートは異民族が転々と連なり、交易を必要とする異民族の連携を必要としていたので、自己中心的な民族神ではやって行けなかったからです。
しかし、その後に出来たイスラムの教えは、異民族の争いを止めるように説くだけの仏教よりも、現実的ルールを教えてくれるので、役立つものでした。
抽象的な正義を書く憲法を、具体的に解説する弁護士みたいなものです。
改宗と言うよりは、仏教の内面世界をそのまま受け入れていても、さしあたり交易するには、仏教には貿易の具体的なルールが有りませんから、イスラムのルールで取引して行くしかなかったのでしょう。
こうして、いつの間にか西域〜中央アジアでは、平和的にイスラムに入れ替わっていったのです。
こうした改宗の原理は、東南アジアの海岸線でも同様でした。
競合する商品があった場合、消費者は、自分にあった製品を選らんで買うのと同様です。
イスラムと仏教・・あるいはキリストと仏教は、競り合う場面がないので宗教戦争にならないのです。
これが同じ商業神同士のキリストとイスラムが境界を接して勢力争いになると、大規模な宗教戦争に発展する可能誠意を秘めているのでしょう。
これが十字軍の遠征といわれるものですが、実はこれは宗教戦争・・商圏の争いではなかったのです。
十字軍遠征では、これといった勝敗がつかずに終わりますが、これは単なる強盗行為であったからです。
次々回のコラムに書きますが、生産活動が先行発展した方から、土地やその他の資源を非効率に使用している方への攻勢・・市場開放要求が、本来の紛争・・商圏拡大や戦争の合理的原因です。



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