01/03/07

世界宗教と平和1(イスラム・キリスト教的平和1)商業神1

日本人は基本的には、仏教徒ですが、仏教にも軍神的要素があるのでしょうか?
キリスト教やイスラム教は民族神ではなく世界宗教ですが、ともに商業秩序神です。
ユダヤ教も同じく商業神ですが、民族神である点がキリストと違う・自己民族にこだわる・ひいては不公正な宗教として、キリスト社会では異端児となっているのでしょう。
連合体での運営で、自分の出身だけ優遇するような人は、組織の代表にはなれませんが、同じことではないでしょうか?
キリストでは、同じ宗教を信じるものである限り、民族に拘わらずポーランド人でも、枢機卿や法王にもなれるのです。
世界宗教・多民族を横断する秩序神の話しは、現在の世界企業の生きて行く道筋を示しています。
トヨタであれ、ホンダであれ、日本的な独自性を利用して世界を席巻したからと言って、内部が民族精神であっては限界が生じると言うことです。
出発がそうである・・民族的個性がある・・ことは必要ですが、世界企業になった時点で、内部を開放的な秩序・・日本人だけ優遇は最悪です・・・に変えていかねば、やっていけなくなるでしょう。
話を世界宗教と平和の関係に戻しましょう。
世界宗教は、商業神である限り、秩序が必須で、秩序の乱れの最大のものである戦乱を嫌うものです。
世界中との貿易立国で成立っているわが国は、貿易経路での戦乱や貿易相手国がどこかと戦争になると貿易が滞り不利益を蒙ります。
ですから、商業神であるキリスト教やイスラム教では、本来的にそのルールの適用範囲内では平和主義となります。
言うならば、民族神は民族内の平和を、商業神は多数民族をつかねるものであるが、その支配内の平和を求めると言う程度の差になってきます。
ただ、民族神は、民族内の平和で満足ですから、他から攻撃されない限り平和主義で完結する性質のものです。
ただ、後に書くように、商業神の膨張主義と融合すると、愛国心となり、外部攻撃のエネルギーになるだけです。
これに対し、商業神の顧客である商業は、その勢力範囲(商圏)拡大の願望を本質的に持ってるために、商圏の拡大を求めて他商圏・・他の宗教との争いが起きます。
商業主義による秩序の愛好・平和主義は、その商圏内の平和・流通阻害を嫌う・・を目指すだけで、他商圏との衝突場面ではむしろ好戦的になるのです。



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