01/02/07
神事と軍事1(軍神は平和を愛する)
そう言えば、やおよろずの神々は、その神様のもとに結集している氏族集団の守護神だったのです。
元々軍事目的の役割・・卑弥呼の例で明らかなように、戦の吉凶を占うなどの役割・・を果たして来たものと言えるでしょう。
ユダヤ、ギリシャ、ローマすべて古代社会では、みなそうです。
古代からいろんな分野で専門化してきましたが、軍事行動のほうは早くから死活問題である分だけ、早くから専門化が進み合理化も進んだのです。
その結果、軍事戦略の立案が神頼みではなくなり、軍神としての役割が背景に退いていきます。
(孫子の兵法など、先秦諸子百家の中でも、兵法家や築城術集団・・墨子が早くから活躍しました。)
ただ、叶わぬときの神頼みと言うことで、蒙古襲来のときには、朝廷挙げて、あるいは各地のお寺挙げて、怨敵逃散の祈祷をしていたことから分かるように、イザとなれば本性を現すのです。
明治政府〜第二次世界大戦までの神社神道の役割が、非民主主義とのかかわりで、あるいは軍国主義とのかかわりで非難されます。
しかし、国内平和が達成され、地域紛争の軍神としての役割を終えた日本の神々が、地域連合である国家の危機に際して軍神(連合軍神)として、護国神社など・・精神的役割を果たしたのは、当然と言えば当然のことだったのです。
もしも、50年後でも100年後でも、日本がまたどこかと戦争になれば、国中の神様が、再び戦勝祈願するのは、当然予想されるところではないでしょうか?
今では、民族統一国家になっているので、地域内で争いがなくなったのでいずこの神様も・・本来軍神ですが・・国民の平安をいのるだけです。
戦(いくさ)の神様が、平和を祈願すると言うのは、パラドックスのようです。
神様はもとは軍神であったとすれば・・宗教家の大元締めである、バチカンのローマ法王のように世界平和を祈る役割を果たすから、パラドックスとも言えるでしょう。
しかし、考えようによれば、軍神とは、・・攻めて来る敵を撃退する・・その結果として民族集団の平和を目的にするものですから、外敵がなくなれば、当然の帰結ともいえるのかもしれません。
天皇陛下の年頭の御言葉はいつも、「国民が平和で幸せであることを祈ります」と言う内容ばかりなのは、当然の帰結なのでしょう。
軍神は、好戦的ではなく、本質的に平和愛好者なのです。
われわれ弁護士もそうですが、本来戦うための職業ですが、普通の人よりは円満解決が好きです。
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