01/02/07

初詣と商魂

大晦日に書きましたが、過去は飛ぶように過ぎ去り、年が改まって(新まるとも書きます)、今年が始りました。
今年の行く末は、神ならぬ身、誰にも分からないことだらけです。
こうして、元旦には何となく信心深くなって、近隣の神社仏閣にお参りする人が多いのでしょう。
私もその一員で、今年は元旦の夕方に家族そろって、すぐ近くの神社に恒例の如くに御参りしました。
年々参詣者が増えているのは、近所に大型マンションが林立するようになった影響も多いのでしょう。
千葉に来たばかりのころに、大型団地に住んでいた事を、12/02/03「身近な行楽3 (豊かな自然と千葉の歴史2)」などのコラムで紹介しましたが、団地の外側は、昔からの森に囲まれた集落が点在していました。
しょっちゅう森の散歩をしていましたが、御正月休みに森の散歩の途路に、その一角にある森閑とした小さな祠にもうでると本当に神様がいるような気がしたものでした。
現在の住まいの近くの神社は、祠ではなく、神社と名が付く程度の構えですが、地元住民だけの参加時代・・みんな顔見知り・・のときは、まだまだ牧歌的でした。
近年いきなり参詣者が増えすぎてくると神様に会いに行くと言うよりは、何かの大行事(イベント)に参加しているような気になってきます。
初詣と言うのは、一種のイベントになったのでしょうか?
数日前の日経に紹介されていましたが、初詣の習慣は明治以降の鉄道の普及に始まるようで、電鉄会社が旅客輸送の増大目当てに一生懸命に宣伝したことが、川崎大師や成田不動への大量参詣発達に繋がったようです。
京成電鉄などは、家一軒当たると言う抽選券つきの初詣キップの売出しまでしたようですから、驚きです。
こうした努力の結果、現在の初詣習慣が定着したようですから、いろんなありがたそうな行事も源流を辿れば、商魂に根ざしていることが多いものです。
昨年末に紹介しましたが、地方競馬も、神前奉納から始ったものですが、奉納だけでは維持できませんので、馬券発行による西洋競馬の真似をするようになってきて、今では西洋由来の中央競馬との区別がつかなくなってきたのです。
神前奉納の流鏑馬その他の行事も更に遡れば、武家政権になって、軍事用の馬術の保存がもともとの目的で始ったものでしょうから、その費用はその地の領主が負担していたものだったのでしょう。
明治以降、その領主・・だんながいなくなったので、旧来の伝統行事を維持するには、馬券発行の必要に迫られたのです。
いろんな行事・・例えば鷹狩・・「まき狩り」なども、軍事演習の目的から始っていることは周知のとおりです。
このように、古来からの行事と言っても、実は、軍事目的で始って、実際の軍事利用がなくなってくると、神前奉納と言う形でそれを神事と結び付けて継続してしていることが結構多いのです。
勿論、相撲なども力士・一種の武芸者として奨励して始まったものでしょう。



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