01/31/06
さしあたりは自分の獲物の多いときに少ない仲間に分け与えるなどして、自分の少ないときに貰える関係を作ります。(同時的関係・・・同僚・友人・同盟関係)
友人知人はかんけいは、ことさらに友情と言う名で呼ばれますが、本質的には、同時的関係はギブアンドテイクの合理的関係が基礎でしょうから、先行きのない老後の病気なったことが分かると、人間関係は離れがちです。
政治家などは、ギリギリの所で離合集散を繰り返していますので、それだけに義理だとか恩義をしょっちゅう口にしますが、じっさいはこの合理的関係が厳しいので、極力病気を隠すのです。
こうして、ギブ&テイクで始っていない無償関係ではじまっている親子関係に、老後の保障を求めるのが、最も安心できることになります。
特に寿命の短かった時代には、親子同居期間が長いので、この愛情と言う名の人間関係が他人以上に濃密になっていたのです。
愛情とか親しみと言っても、要は接触する時間に比例するものでしょう。
「去る者は、日々に疎し」
と古来から言われています。
(勿論憎悪の感情も、接触期間に比例するので、人間関係が長ければいいとは、必ずしも限りません。)
これを、社会的な組織が出来上がった場合の老後保障に当てはめると、組織後継者の指名権と引退後=老後の生活保障が、これに該当するでしょう。
指名された者はその恩義に感じて、前任者に対し会長などの地位を用意し、送迎用の車など役得も保障してくれるのです。
しかし他人では心配ですが、息子なら、自分の父母をムゲに出来ませんから、安心な所です。
父に対する反感や対立は往々にしてあるのですが、(後に天皇家の相続は、娘と息子の交互相続制を主張する所以です)母と父が同居している限度で、父も大事にされる保障があるのです。
一代で大きな組織を作り上げた創立者にとっては、周囲が我が子の世襲を保障してくれるのが必要ですから、自分の勢力のあるうちに生前贈与・・ないし引退制が先ず始ります。
この仕組みは、実力者が形式的に引退したときでなく、本当に衰弱して周囲に対する支配力・・実力が衰えてから真価が試されるのですから、実力支配で貫徹するのは、論理的に無理です。
そこで、力以上のもの、主従関係・上下秩序に関する道徳観念の育成が必須となってくるのです。
まだ儒教道徳での観念が支配的でなかった時期に、豊臣秀吉が死亡すると、秀頼に対する忠誠が瞬く間に失われていったのがその例です。
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