01/31/06
ところで、戦後の勤め人社会化・・核家族化の進展・・すなわち家庭は消費の場にしか過ぎなくなって、承継すべき家産が殆どなくなってきたことから、財産承継のための養子の必要性が激減しました。
核家族化については、既に、10/29/03「相続分3(民法105)(配偶者相続分の変遷1)(ホワイトカラー層・団地族の誕生)」その他夫婦別姓問題などあちこちで書いて来ました。
ところで、相続とか世襲は何のために必要になったものでしょうか?
「相続すべき財産が有るから」とか「ないから」と言う規準では有りません。
今の方が経済大国化しているので、個々人では、かえって遺産が多くなっているでしょう。
私が思うには、人間が病気や怪我で死ぬようになって、これを意識することができるようになったときから、相続の必要性が生まれてきたものと思います。
怪我したり病気しても、直ぐに死ぬ時代には余り感じなかったでしょうが、少しづつ養生の期間が伸びてくると、どのような勇者も最後は誰かに面倒を見て貰わねばならないことを悟ります。
強いライオンも、年老いたときのために若くて強いころに獲物をとっておいて、ためて置けません。
病気したときや老後保障のうち財産権の分野では、ライオンの獲物のように保存の利かない物ばかりではなく、米など徐々に長期保存が出来るようになって行きますが、それとても1〜2年が限界です。
それで、この長期保存の変形として、例えば領地やアパートと言う形での継続収入形式が発達していきます。
弁護士の顧問料みたいなものかな?
しかし、老化し、病気などしてその管理が行き届かなくなれば、直ぐにも租税や、家賃の滞納になってしまいますので、その時のために安心できる管理者が必須になってくるのです。
この管理者の選定こそ、相続の原型ではないでしょうか?
老後を安穏に過ごすためには、自分が強いときに恩をかけて、その見返りを期待するしかないのです。
動物では、寿命が短いこともあって、そこまで進みませんが、人間世界では、社会が出来て組織の力を利用するようになって行きます。
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