01/30/06
嫡出否認制度3(民法152)否認権の制限1(実親からの請求禁止2)
聖母マリアの場合、夫がいないのに懐胎したと言うのですから、キリストの父親は、誰とも約束がないのに、誰に遠慮していたのか不思議です。
最後まで、何故名乗り出なかったのでしょうか。
キリストの父親が生きている間には、キリストは受難の最中でしたから、名乗り出るメリットがなかったことと、もともと誰の子かもわからなかったのが、真相でしょう。
近年、借り腹で出産した後で、実際に産んだ貸し腹女性の方から「自分の子だ」から返せ?という訴えが出来るかが、社会問題になっています。
日本では、古代から少なくとも男のほうからの「そう言う訴えは許さない」と言う慣習法が確立していたのです。
日本では借り腹でなく、男からの訴えの禁止でしたから、実際に腹を痛めた女性の訴えとは、かなり実状が違いますが、真実がどうかよりは
「約束は守れよ」
と言う原則的思考方法は、少しばかり参考になるでしょう。
血統ばかり重視する西洋や朝鮮などの考え方によれば、血統の有無・事実だけが決め手となるべきでしょうから、どうして良いか分からなくて大問題になっているのです。
日本では昔から血統は一つの規準にしか過ぎず、関係者の約束の方が優先する柔軟な社会だったのです。
明治以降の思想統制の結果、窮屈な理屈に毒されているので、今の日本人も窮屈な考えをする人が、多くなっただけの話で、それ以前は何千年も気楽にやって来たのです。
明治以前の慣習法から言えば、借り腹の女性からの訴え・・・
「親子関係確認の訴え・・これに基づく引渡し請求は、許されるべきでない」
と言うことになるべきでしょうか?
ただ、この後に親子関係不存在確認訴訟のコラムで書きますが、明治以前の慣習法を支える社会実態が大きく変わってきました。
変化した社会実態・立法事実から見て、嫡出否認制度は大きく変更すべき時期に来ているように思われますが、その変化が貸し腹の方からの訴えを認めることに直結するかどうかは、なお検討を要するでしょう。
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